・生成AIで心が折れた ― 強みがなくなる世界で、どう再起動するか
著者:湯川鶴章
出版:芸術新聞社(Kindle版)

X(旧Twitter)でフォローしているAI関連の方がチェックしていたのを見かけて、読んでみる気になった作品です。
ITジャーナリストの湯川さんが、生成AIを仕事で活用している使っているうち、ディープリサーチや翻訳機能のあまりの進化に、自分自身の強みを奪われたように感じ、心が折れてしまったというところから、今後の働き方について論じている作品になります。
(ChatGPT)
『生成AIで心が折れた ― 強みがなくなる世界で、どう再起動するか』は、ITジャーナリストの湯川鶴章さんが、生成AIの進化によって自分の「英語力・リサーチ力」という武器が一気に無力化された体験(=心が折れた瞬間)を起点に、AI時代の働き方・学び方・人間の価値を“心の側面”から組み直そうとする実用書です。
作品概要
テーマは一言でいうと、「強みが陳腐化する時代に、どう自分を再起動するか」。
構成は、ショック体験(序章)→仕事の構造変化の見取り図→「リスキリング万能」への疑問→自己理解(内なるOS)→人間とAIの“心”→再起動、という流れ。
目次
序章 AIの進化で心が折れた日
第1章 強みが通用しない世界がやってくる
第2章 スペシャリスト神話の崩壊
第3章 残る仕事の未来予測は可能か
第4章 リスキリングの限界と心の羅針盤
第5章 内なるOSを理解する
第6章 内なるOSをアップデートする
第7章 AIの「心」をどう育てるか
第8章 人類は「頭」偏重から抜け出せるか
第9章 ありのままの自分で再起動する
終章 “心が折れたあと”に見える未来

題名と表紙がなんとなく柔らかい感じなので、エッセイかと思ったんですけれども、そういう自分自身の心情とか状況とかに触れているあたりはエッセイっぽいところはあるんですが、基本的には今後のAI時代における働き方、人間の生き方みたいなものを論じた作品になっています。
AIエージェントが機能を高めていく中で、おそらく人間が働く上での専門性っていうのがそこに代替されていくだろうっていう中で、
「専門性を武器としてきた人はどうすればいいのか」
っていうところが論点になっています。
どういう対策を打つかっていう点に関しては、サム・アルトマンでさえ、どういう風にAIが進展していくか分からないのに、想像しようがないっていうところなんかがなかなか面白かったですね。
作者はいろいろ調べていく中で、サム・アルトマンのコーチングをしているジョー・ハドソンさんの考え方に触れることで、人間を形作る「頭・心・腹」という考え方に感銘を受けます。
今後、頭の部分がAIに置き換えられていくことを考えていくと、
心(いわゆるまあ、感情、共感とか感情とかっていうことですかね)、
腹(まあ、本能的な欲望とか、幸福を感じる力とか、そういうことでしょうか)、
この二つを重視していく生き方になっていくべきなんじゃないかっていうようなことをおっしゃっています。
ここら辺って、AIが進んでくると今後、共感とかコミュニケーション能力が重要視されていくんじゃないかっていう見方があって、通じるところではあると思います。
そういう意味では決して目新しいこと言っているわけじゃないんだけれども、コーチングの理論を裏付けすることによって整理をしているっていうところが読みどころになるのかもしれません。
まあ、どうですかね。
僕自身はこの働き方とか人間のあり方については、一気にAIによって失われていくっていう風には考えていないんです。
それについては前にも投稿しましたけれども、この見解と考え方はあまり変わってないです。
二次情報の扱い方はAIは非常に長けているので、現場寄りのところでの働き方とか、あるいはボス力と言ったような経営的な働き方、こういうところに重点が置かれてくるのではないかってことですね
https://note.com/suzumaro/n/n46a9f6bed317
僕自身が今どういう風に仕事でAIを使っているかっていう点に関しても、そこに沿っているところはあるかなっていう風に思います。
企画書の方向性なんかは自分で考えるけれども、そこの下調べとかプレゼンテーション資料の作成にはAIを使うとか、あるいはちょっとした案内文とか資料なんかはもう生成AIで作ってもらって、僕自身はその運営の方とかアプローチの仕方を重視するとか、そういう風になってきているっていうのは確かです。
そのことによって作業部分での効率は相当上がってるっていうのは実感していますからね。
でも働き方全体で言うとやっぱり、作者のようなそのジャーナリストとか、デスクワーク中心の専門家っていうのは確かにAIによって大きく仕事が変わってくるっていうのはあるかもしれませんが、世の中の仕事ってやっぱりもっとこう、ブルーワーカー、ノン・デスクワーカー的なところって多いと思うんですよ。
そういうところはまだまだAIだけでは置き換わることができないんじゃないかっていうのが僕の考えです。
ここら辺はロボットとかフィジカルAIとかがどこまで発展して実装してくるかっていうところにかかっているし、それにはまだ時間がかかるんじゃないかなっていう風に正直思っています。
まあ、この考え方自体が甘いんじゃないかっていうのが最近の見方であるっていうのもあって、ちょっと考えなきゃいけないのかなっていう気持ちにはなってますけどね。
まあ僕が働いている間っていう意味で言うと、まだこの見立ては合ってるんじゃないかなっていうのが、個人的な願望も含めた見立てです。
どうですかね。
AIによってどういう風に仕事が変わってくるか、その時にそれに対処するのにはどうしたらいいかっていうのを興味がある方には一読してみてもいいんじゃないかなとは思います。
後半の部分、新しいOSの部分っていうのは、作者自身も言ってますけれども、合う・合わないっていうのはあると思いますよ。
僕はそういう考え方もあるかなっていう風に思ったくらい。
それをじゃあ自分にどうやって当てはめていったらいいのかっていうのは、まだ考えついてないかなっていうところです。
でも一つだけ分かっているのは、とにかく今出てきているAIを自分が使える範疇で積極的に使うっていうことが重要なのだろうなっとは思っています。
それで見えてくるものっていうのはあるでしょうから。
話はそっからなんじゃないでしょうか。
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