鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

雰囲気があっていいけど、終盤〜スペシャルの流れが「?」ではあったかな?:ドラマ評「シャーロック アントールドストーリーズ」

このドラマ、妻が好きだったんです。

「面白いよ〜」

と放映当時から言われてたんですが、なんとなく見逃しちゃって…。

劇場版の公開に合わせて、再放送され、それがTVerにも流れて来たので、今回見てみました。

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「なるほど」

と妻が言ってることも理解できました。

現代版シャーロック・ホームズは、BBCの「シャーロック」の流れなんでしょうが、そこを意識しつつ(シャーロック/ワトソンのバディ感に焦点を当ててるあたり)、オリジナリティも感じさせる作りになってます。

ディーン・フジオカは、主題歌・挿入歌も含めて、いい雰囲気出してますね。

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ただまあ、終盤の流れはどうかな?

モリアーティ=守谷の唐突感は原作にもあるんで、まあいいとしてw、連ドラのたたみ方からスペシャルのコメディっぽい<いきなり>は、「ん?」って感じも。

個人的には最初の1、2話のドライな感じが好きだったなぁ。

菅野美穂、最高w。

 


さて映画は「バスカヴィル」ですか。

「アントールド」じゃなくなってるけど、そこはいいのかしらん?

まあ萬翠荘が舞台になってるらしいし、「見てもいいかな」と妻に聞いてみたら、

「映画はいいかな?配信になったら見ても」

あらあら。

そういや一緒にスペシャル見てたら、ほとんど話忘れてたしなぁw。

 


…というわけで、「バスカヴィル」は配信待ちということで。

いや、守谷が出て来るなら…と思ってたんですが、そっちはスルーなんでしょ?

 


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#シャーロック

#ディーンフジオカ

#岩田剛典

#佐々木蔵之介

 

「頂上の雑談」とはよく言ったものw:読書録「考えて生きる」

・考えて生きる 合理性と好奇心を併せもつ

著者:成毛眞、ひろゆき(西村博之)

出版:集英社(Kindle版)

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週刊プレイボーイの連載をまとめたもの。

ひろゆきさんのプレイボーイの対談と言えばホリエモンとの対談が名物でしたが、「餃子事件」で袂を分かっちゃって、その後釜に成毛さん…となったんですかね。よう知らんけど。

しかし、まあ、人選としちゃ悪くないんじゃないでしょうか。

堀江さんとの対談を本で読む気はしないけど(連載はネットでチラチラ読んでました)、この二人のはちょっと読んでみたくなりました。

 


…って言っても、なんか重要なことが話されてるわけでもなくて、「雑談」ですけどね。本当に。

ぶっちゃけ「居酒屋談義」に毛が生えたくらい。

ただまあ、二人とも暇にあかせて(w)いろんなコトに興味を持ってるんで、そこら辺の「小ネタ」をチェックするは面白いです。

そのネタの信頼性については「居酒屋談義」と思っておけば、いいでしょうw。

 


東京一極集中

核融合

原発再稼働

トークン

NFT

メタバース

仮想通貨・デジタル通貨etc,etc…

 


ザッと拾ったネタはこんな感じかな。

もっと色々話してますけど。

実生活だとナカナカこんなこと「居酒屋」じゃ話しませんからねw。

こういう感じでゆる〜く話してるのを、話半分で聞いてる…ってのは悪くないんじゃないでしょうか?

 


ま、次の本を買うかどうかは、その時の気分次第ですがw。

 

 

 

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#成毛眞

#ひろゆき

読み応え、見応えのある作品。こういう作品が出来ちゃうことに、ちょっとした寂しさも感じたりするけど:読書録「細野晴臣と彼らの時代」、映画評「NO SMOKING」

・細野晴臣と彼らの時代

著者:門間雄介

出版:文芸春秋(Kindle版)

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山下達郎のニューアルバム発売・BRUTUS特集、吉田拓郎の引退、坂本龍一のガン闘病etc…みたいな流れがあって、以前からちょっと気になってた細野さんの伝記本&ドキュメンタリーを日曜日に見ました。

一気でしたねw。

 


本の方はご本人や周りの方へのインタビュー、各種資料からの引用等、非常に丁寧な仕事で、デビュー前から、

はっぴいえんど、キャラメル・ママ/ティン・パン・アレー、トロピカル3部作、YMO、歌謡曲制作、環境音楽制作、隠遁、復活

…と、細野晴臣さんの音楽キャリアを、周りの動きも絡めつつ、フォローしています。

「音楽<ビジネス>」という点では決してメジャーではなかった細野さんが、「音楽<活動>」という観点からは非常に大きな足跡を残し、影響を与えていることがよくわかる内容になっています。

 


僕個人としては、細野さんの「音楽観」と「バンド観」が興味深かったです。

この点は「はっぴいえんど」「ティン・パン・アレー」「YMO」時代のパートで深く言及されています。

それぞれの時代に、細野さんと対比するメンバーがピックアップされていて、それが

 


大瀧詠一(はっぴいえんど)

松任谷正隆(ティン・パン・アレー)

坂本龍一(YMO)。

 


それぞれのバンドの終焉は決定的な決裂ではないものの(一番軋轢があったのは教授との間)、その<思うところ>の差はナカナカ興味深いです。

一言で言うと、

「大瀧・松任谷・坂本が<バンド>というものに何らかの<重み>を持っていたのに対して、細野晴臣は<音楽>を見つめていた」

って感じかしらん。

もちろん細野さんは細野さんで<バンド>のことは大切にしてたんですけどね。

だからこそそれぞれのバンドが崩壊した後も、彼らの関係性は継続し、時に再演を重ねたりもしたってのもあります。

 


でもね。

大瀧さんとは、あり得た<再演>の時は本当の意味では来なかったのかもしれません。

それだけ二人の関係性は深かったんだろうなぁ。

大瀧さんが亡くなった頃のくだり。

 


<細野は大滝が亡くなってから、あらためて彼の存在の大きさに気づくようになった。

たとえば『 Heavenly Music』ができあがったとき、もし大滝がこれを聴いたらどう思うだろうかと、細野は気掛かりに感じた。そうやって彼が自分の音楽をどう感じるかと考えながら、これまで曲を作ってきたことに細野は気づいた。

だが大滝もまた同じようなことを思っていたのだと、細野は二〇一七年の終わりに山下達郎と星野源と鼎談をおこなった際に山下から聞いた。〈大瀧さんとは 1973年から 40年くらい付き合ったけど、彼の作ってるものはほとんど全部、細野さんに向けて発信されてますから。これを細野さんが聴いたらどう思うかって〉(『 YELLOW MAGAZINE 2017-2018』)>

 


<大滝は細野の最大の理解者のひとりだった。そのような人物を失った喪失感は細野にとって実に大きなものだった。けれども細野は彼のために曲を作り、それによって彼との関係を締めくくろうとはしなかった。

「ああ、いなくなっちゃったなと思うけど、生きてるときとなんら変わらない気もするんだよね。ただ疎遠なだけで。ずっとどこかにいる感じがするから。だからまとめようとすることはないんだ。まとめちゃうとそこで終わっちゃうからね」>

 


なんか、ちょっと泣けちゃった。

 


(BRUTUSのインタビューで、「4、5年前、初めてちゃんと話すことができた」みたいなことを細野さんは言ってたけど、その通りで、本書では山下達郎さんの登場はあまりないです。

でも大瀧さんのこのエピソードとか、高橋幸宏を坂本龍一を引き合わせたのが山下さんだとか、要所で顔を出してるんですよね)

 

 

 

今回、この本を読みながら、該当する細野作品をチョコチョコ聴いたんですが、僕自身、結構誤解してたなぁと思うところが少なからず。

まあ、基本的にミーハーなんでw、趣味を突き詰めるような細野作品にそこまで入れ込まなかったってのはあります。

YMOも面白がってたけど、そこまでのめり込みはしなかったからなぁ。

なんで、改めて、

「すげぇやん」

って感じにもなってます。(遅いってw)

 


「NO SMOKING」の方は、この流れを映像で見れるところが良かったです。

駆け足だし、映画の方だけ見てたら「?」ってとこもあったかもしれないけど、本と合わせて見るとよく分かります。

イギリスのライブでの教授の登場とか、そこでの<多幸感>は、最初のYMO時代の軋轢を踏まえると、本当に「良かったな〜」って感じしますしね。

 

 

 

昔話ですからね。

好きな人が読めばいい/見ればいいって作品。

でも、好きな人にはたまらないかもなぁ。

こういう作品がまとめられるようになったってのは、それはそれで寂しいことなのかもしれないけどね。

 


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結局哲学に関しては「入門書」止まりだったなぁ:読書録「現代思想入門」

・現代思想入門

著者:千葉雅也

出版:講談社現代新書(Kindle)

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「現代思想」の代表として、デリタ、ドゥルーズ、フーコーを位置付けて、その思想と意義について論じるとともに、その源流となる思想(ニーチェ、フロイト、マルクス)やバックボーンとなる精神分析についてもふれた上で、on the wayの<現代>思想として「ポスト・ポスト構造主義」まで論じた作品。

色々最近見かける作者さんですが、ナカナカ整理がクレバーだし、単に「哲学」「思想」として概念的な話をするだけでなく、それが具体的にどういう風に人間の考え方や社会のあり方と関係しているのかにまで関連づけて論じる等、興味深く読むことができました。

(ここら辺、「テクスト」の深みを一旦切り捨てて簡略化しつつも、日常生活や社会との接点を重視する姿勢は、「入門書」として誠実な姿勢だとも思います)

 


僕個人についていえば、大学入学時にちょうど浅田彰の「構造と力」を読んだ世代。

そっから大学時代は「ニュー・アカデミズム」に振り回されたしw、その中でフーコー、デリタ、ドゥルーズ(ドゥルーズーガタリ)、ソシュール、レヴィ=ストロースなんかを、「わからん」ながらも読んだりしていました。

…とか言いながら、ここに至って「入門書」である本書を読んで、

「なるほど、そうかぁ」

とか思ってるわけですから、つくづく身にはつかんかったんやなぁと、情けなくもなりますがねw。

 


<現代思想はもはや「二〇世紀遺産」であり、伝統芸能のようになっていて、読み方を継承する必要があります。などという意識を持つようになるとは、かつては想像もしませんでした。>

 


なんかそう言われちゃうと、自分まで「二〇世紀遺産」になっちゃったような気がせんでもないですけど。

 


「現代思想」が<脱構築>や<差異>によって、思想の中央集権的なあり方に揺らぎを与えたのに対して、そのことが「相対主義」につながってしまうリスクへの反省から、「ポスト・ポスト構造主義」が<存在>や<ファクト>の再評価に流れているあたりの解説は、かなり興味深いし、面白かったです。(…って、このザクっとしたまとめは僕の個人的な思い込みかもしれませんがw)

 


<デリダ、ドゥルーズ、フーコーにおいて共通して問題とされているのは、「これが正しい意味だ」と確定できず、つねに視点のとり方によって意味づけが変動するという、意味の決定不可能性、あるいは相対性です。  

ただし、これが言わんとするのは、決定不可能だから何も言えないということではなく、「物事は複雑だ」ということです。多義的、両義的だということです。>

<ただ、こういう現代思想の傾向は単純化され、素朴な相対主義として捉えられることがよくあります。「物事はどうにでも捉えられる」とか、「そういう立場をとっていると歴史修正主義になる」とか、「「ポスト・トゥルース」と言われるような勝手な事実認識の押しつけや陰謀論を許容することになるのではないか」と言われたりするのです。>

 


<「人間は過剰である」という人間像が現代思想においてデフォルトなのだけれど、それに対して一部の常識的な批判者が、「ファクトが大事だ」、「どうにでも解釈できるのではない揺るがぬ客観的事実がある」という批判を向けるようになっています。そしてこれらと同時代的な、似たような批判として、メイヤスーらの実在論がある。>

 


じゃあ、そこから「ポスト構造主義」以前の<大きな物語>的な思想・哲学に回帰しちゃうかということはなくて、そこはさらに徹底される。

 


<フランス現代思想、あるいは悪い意味でのポストモダン思想は、「物事は相対的で、どうにでも言えると言っているから陰謀論を招き寄せてしまう。だから客観的事実をちゃんと追求しよう」などと言われるわけですが、メイヤスーにおいては、「確かに客観的事実というものはあるのだが、客観的事実の客観性を突き詰めるならば、客観的事実は根本的に偶然的なものであり、いくらでも変化しうる」という、より高次の、実在それ自体に及ぶ相対主義のようなものが出てくることになります。>

 


そこに作者はフーコーが見出した「ローマの賢人」のあり方を見出したりしています。

「反省」はするけど、それを「原罪」のような<大きな物語>につなげるのではなく、そのこと自体への「反省」に止める…って感じですかね。

フーコーの著作にはその「あり方」が具体的に書かれています。

 


<それは、彼が毎晩、ひとたびすべての明かりが消えた後で、眠りにつく前に行う検討である。ここで問題となるのは、その日一日の調査を、起こったことの全体を「精査」しつつ行うことである。彼は、自分の行為と自分の言葉をとり上げ直し、それらに評価を下す。(……)しかし、そうした調査が、断罪や罰へと導くわけではないことに注目する必要がある。懲罰もなければ悔恨さえもない。したがって畏れもなく、何であろうと自己自身に対して隠すことを望んでもいない。実際、自分を検討する者は、自分に対してただ単に次のように言うだけである。「私は今、君を許す」、「二度と繰り返さぬよう気をつけよ」、と。つまり、モデルとなっているのはおそらく、司法というよりもむしろ行政なのだ。テクストに潜むイメージは、法廷よりもむしろ監査を思わせる。精査、検討、探知、再評価がなされるのである。>

 


今の「リベラル」の苦境は<大きな物語>(正義・大義)の押し付けにあると思ってるんですが、そことは違う「あり方」がここでは示唆されているように思います。

猪瀬直樹さんが「維新」から出馬する際のインタビューなんかで言ってることはチョット近いかも。

<大きな物語>に沿って「改革」をしていくんじゃなくて、目の前の不具合を「改革」していくことこそが重要なんだ…って感覚。

まあ、僕自身としては(今のウクライナ情勢なんかを考えると)<大きな物語>を全く視野の外に置いてしまうことの是非も考えざるを得ないって面はあるんですけどね。

 

 

 

本書は「付録」として「現代思想の読み方」がついています。

 


<①概念の二項対立を意識する。  

②固有名詞や豆知識的なものは無視して読み、必要なら後で調べる。  

③「格調高い」レトリックに振り回されない。  

④原典はフランス語、西洋の言語だということで、英語と似たものだとして文法構造を多少意識する。>

 


という4つのポイントを掲げて、ドゥルーズ・デリタの文章を読み直してるんですが、ここは爆笑もの。

「なんかカッコつけてるな」

「「カマし」のレトリックにツッコまない」

「お飾りを切り詰めて骨組みだけを取り出す」

「言い訳の高度な不良性」

言いたい放題です。

まあ、だからってそこを補正した文章が簡単で分かりやすいかっていうと、そこまででもないんですが。

 


「現代思想」に一時期触れてた僕としてはかなり楽しい読書体験でした。(若干忸怩たる思いはあるもののw)

誰にでもおすすめ…って感じでもないですが。

 

 

 

#読書感想文

#現代思想入門

#千葉雅也

#講談社現代新書

 

壮大な「内輪揉め」で、やりたい放題:映画評「ドクター・ストレンジ:マルチバース・オブ・マッドネス」

「ワンダヴィジョン」でどうにか、こうにか、片が付いたのかと思ってたら、全然ついてなかったという…w。

<マルチバース>(パラレルワールド)という反則技を上手く使って、感動巨編に強引に仕立て上げた荒技「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」に続いて、<マルチバース>ネタで突っ走る「ドクター・ストレンジ」第2作。

2時間少しですが、「よくまあ、ここまで話を突っ込むなぁ」と、相変わらずマーベルには感心させられます。

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<マルチバース>については、映画化の歴史が分厚くある「スパイダーマン」に比べて、「ドクター・ストレンジ」も「ワンダ(スカーレット・ウィッチ)」もそこまでの厚みはないので、あそこまでの荒技にはなりません。

ストレンジの元・恋人「クリスティーン」との関係、ワンダが魔法で作った子供たちへの執着…ここら辺の心情が<マルチバース>でそれなりの「決着」をつけるって展開には、それなりの共感はあるんですけどね。

…とはいえ、全体としてこの話自体が、「自業自得」というか、「壮大な内輪揉め」って構図にはなっちゃってますがw。

そういう感情の機微より、<マルチユニバース>を使って、ヒーローたちの「本気バトル」を展開させたところが本作のミソかしら?

まあ、やりたい放題やってはりますw。

 


映像としては、サム・ライミ監督の「ホラー・テイスト」はナカナカはまっているのではないでしょうか。

僕は「ホラー」は苦手なんですが、「テイスト」くらいで収まってるところが、いい塩梅になってるように思いました。

怖さを通り越して、ユーモアになってる辺りw。

続編を誰が監督するかは分かりませんが、サム・ライミの参戦はマーベルにとっては大きなプラスですね、これは。

 


しかしこのストーリーでここまで「ヴィジョン」がスルーされるのはどうなんでしょう。

むしろ不自然なくらい。

そこに何か次へのネタが仕掛けられているんじゃ…って思っちゃうところは、僕も相当マーベルに毒されてるかなw。

まあ、でもそれくらいのことはやりますからね。マーベルは。

 

 

 

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#ドクターストレンジ

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賛否両論を含めて、「スター・ウォーズ」らしいドラマかも:ドラマ評「オビ=ワン・ケノービ」

「スター・ウォーズ」シリーズの第3作と第4作の間の時期を描くドラマシリーズ。

アナキンが闇堕ちした後の、オビ=ワン・ケノービとダース・ベイダーの姿が描かれます。

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なかなか評価の難しいドラマですね、これはw。

 


第1話を見た時は、

「おお!これは!」

って期待感が高まったんですが、その後は「う〜ん…」と微妙な感じ。

第5話でググッと盛り上げつつも、微妙な感じは拭い去れず、そのまま最終話に突入して、最後の最後で、

「おお!」

 


…まあ、考えてみれば「スター・ウォーズ」って最初に作られた「新しい希望」(第3作)以外は、ストーリー的には「う〜ん…」っての、結構多いんですよね。

とにかく「要塞への侵入作戦」は、いっつも「行き当たりばったり」路線な気がしますしw。

さらに「フォース」の設定がなかなか難しくて、世界観はパッシリ「善悪二元論」のくせに、「悪を退治してハッピーエンド」とはならないのがエンタメ展開を微妙な感じにしています。

そういう意味じゃ、本作も…(自粛)。

しかしダース・ベイダーの「詰めの甘さ」はもうちょっとなんとかして欲しかったw。

 


個人的には、もう「スター・ウォーズ」は、<ストーリーを楽しむ>のではなくて、<世界観を楽しむ>モンだと割り切っています。

CG等を多用して作り出す、色々なクリーチャーが共存する多様性のごった煮のような「世界」。

これですね。

第1話・第2話・第3話あたりは、そこら辺が描かれてて、結構楽しめたのは確かです。

 


シーズン2、ありますかね。

あってもいいけど、なくてもいいw。

…というか、特に「オビ=ワン・ケノービ」にしなくても、今後作成される予定のドラマシリーズ等で再登場の可能性は結構あるんじゃないですかね、これは。

そういう登場の仕方の方が、「ジェダイ」としての圧倒的な存在感や力が見れて、楽しいんじゃないかって気もしなくも…。

特に「スター・ウォーズ」ファンって訳でもないんで、「ジェダイ」やら「フォース」周りの哲学的展開には興味ないんですよ。

ジョージ・ルーカスには怒られるかもしれんけどw。

 

 

 

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#スターウォーズ

「負けへんで」姉さんが踏ん張ります:ドキュメンタリー評「ジャニファー・ロペス:ハーフタイム」

ジェーン・スーさんのストーリーズで激推しされていたので、観てみました。

Netflixのオリジナルドキュメンタリー。

2020年のNFLハーフタイムショーを軸に、ジェニファー・ロペスの「負けへんで」半生を振り返るようなドキュメンタリーでした。

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・プエルトリコ移民の両親(特に母親)への反発

・ダンサー・女優・歌手としての成功

・<セクシー>さに対する世間の侮蔑的評価と低い自己評価

・セレブリティとしてスキャンダルに追われる中で自分の立ち位置が分からなくなる

・出産後、「アメリカン・アイドル」で自己評価を見直し

 


…ここら辺までが作品の時間軸の<前>の部分でしょうか。

 


本作中で、自分自身が助演女優となる「ハスラーズ」を製作。

その演技が高く評価される。

ゴールデングローブ賞にノミネートされるも受賞せず。オスカーはノミネートさえもされず。(このことでアカデミー賞は批判に晒されることにもなる)


BLM騒動で難しい立ち位置となったNFLから「ハーフタイムショー」のオファーを受けるものの、単独ではなく、シャキーラとの共演のオファーであった。

 


…作品の<時間軸>ではこういう流れ。

「ハスラーズ」で自分自身への<自信>を取り戻したジャニファーが、「女性」「移民」「マイノリティー」としての自分を強く意識しつつ、その<連帯>をNFLハーフタイムショーで表現しようと踏ん張る姿が映し出されています。

 


その結果としてのハーフタイムショーがこちら。

 


https://youtu.be/pILCn6VO_RU

 


まあ、本作を見た後だと、シャキーラはちょっと「前座」っぽく見えちゃうんですけどw。

 


例えば「ビヨンセ」なんかに比べると、J.LOにはまだ<危うさ>が垣間見えるようにも感じます。

そこは「黒人」と「ラティーノ」の積み上げの差かも。

それを超えて、「女性」としての立場に対する強い<想い>は、二人に共通して感じますけどね。

 


もちろん「成功者」である二人が打ち出す<フェミニズム>は、同時に<能力主義>の陥穽の危険性も孕んでいるとは言えます。

その意味では子供たちへの目線を取り入れたショーの構成には<弱きもの>への共感や連帯もあると言えるのかもしれません。

ここら辺、難しいですけど…。

 


いずれにせよ、一見の価値はあるかと。

こういう<強さ>って、日本じゃ見れないですから。

それが「まだ」なのか、「違う路線」なのかは分かりませんが。

 

 

 

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