鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

読書録「教場Ω」:ここまで因縁を深くするのが良いのかなぁ。

・教場Ω  刑事・風間公親
著者:長岡弘樹
出版:小学館

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映画の公開に合わせて出版された、教場シリーズの最新刊です。
映画が十崎との”最後の対決”を描いたのに対して、小説の方は一番最初——風間がまだ刑事になりたての頃、十崎と出会いの物語を描いています。


(ChatGPT)
『教場Ω(オメガ) 刑事・風間公親』は、長岡弘樹さんによる「教場」シリーズの一作で、“教官になる前”の風間公親を描く、シリーズの原点にあたる作品です。T県警富葉署の刑事・石貫尊利が、若い女性を狙う連続殺人事件の現場で、新人刑事だった頃の風間公親と再会するところから物語が始まります。風間は警察学校を首席で卒業し、異例の速さで県警捜査一課に配属された俊英で、本作ではのちの“最恐の教官”へとつながる片鱗が描かれます。さらに、シリーズで重要な存在である“千枚通しの男”との初遭遇も大きな見どころです。

 

ただし、映画と小説では十崎まわりの設定がかなり違ってきています。
その違いが一番はっきり出ているのが、十崎の妹・紗羅との関係です。
映画では彼女は目が悪く保護施設にいる、どちらかといえば”守られる存在”として描かれていました。
ところが本作では、極めて自立したしっかりした女性として登場します。
そのため、十崎の紗羅への執着も、映画の保護者的なそれとは異なり、恋愛感情に近いものとして描かれています。
異父兄妹という関係なんですけどね。
そして紗羅が風間に恋愛感情を抱いたことが、十崎と風間の対立の根っこにある——それが本作の基本構造です。


さて、この構造についてどう思うか。
新人刑事だった風間が、そのタイミングですでに十崎との因縁を持っていたという設定、個人的にはちょっとやりすぎな気がしてしまいます。
シリーズ全体の「必然」として後付けで描かれると、どうしても作りものっぽさが滲んでくるというか。


それ以上に気になるのは、シリーズ全体の変化です。
最初の『教場』が面白かったのは、警察学校という特殊な閉鎖空間の設定があったからだと思うんです。
そこでは風間は、犯罪の証拠がなくても
「警察官としての資質がない」
という理由でふるいにかけることができる。
論理的な推理だけで話が進む、ある種のゲーム的な構造がありました。
それが第一作の独特の面白さだったと思います。


それがシリーズを重ねるごとに、リアルな証拠や動機が必要な事件も扱うようになってきた。
その変化がゲーム的な設定を少しずつ崩していった感じがあります。
それはそれで面白いし、シリーズが長く続いた理由のひとつでもあるんでしょうが、個人的にはやっぱり最初の方がよかったなという気持ちが正直なところです。


本作は長編です。
このシリーズ、やっぱり短編が一番合っていると思うんですよね。
長編になるとテンポの良さが薄れる。
とはいえ、面白かったことは面白かった、シリーズが好きな人なら読む価値は十分あります。


タイトルの『Ω(オメガ)』はギリシャ文字の最後の文字。
著者もこれでシリーズに区切りをつけるつもりなのかな
——このシリーズ、そう言いつつ次の作品が出てくるんですよね。
まあそれも人気シリーズの宿命というか。​​​​​​​​​​​​​​​​


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