・『スナックふたり』
著者:川上弘美
出版:中央公論新社(2026年7月)

久しぶりの川上弘美作品
川上弘美さんの『スナックふたり』を読み終わりました。
川上さんの作品は、以前『センセイの鞄』を読んだくらいじゃないかな。特別にファンというわけでもないんですが、なんとなく気になって買ってしまいました。
今回は紙の本で購入。
届いてみると、思っていたよりもずいぶん分厚い。400ページを超える本だったので、ちょっとビビってしまいましたw。
ところが読み始めると、これが案外スイスイ読める。結局、あっという間に読み終えてしまいました。
読後感もなかなかよかったです。
ふたりのママが営む、不思議なスナック
舞台は、司(つかさ)と逸子(いつこ)という、年齢を重ねたふたりの女性が営む「スナックふたり」。
そこには夜な夜な、さまざまなお客さんがやってきます。
常連客との他愛のない会話があったり、ちょっとした揉め事が起きたり、誰かの人生が垣間見えたり。
そんな日常の中に、ときどき不思議な出来事が入り込んできます。
というか、幽霊がやってくるんですね。
本作は『読売新聞』に連載された小説を書籍化したもので、全6編からなる連作短編集です。
「北酒場」「四月の乳歯」「旅の仲間」「丹波の甕」「翡翠の色のネクタイ」「十万五千円の効用」という6つの物語が収められています。
ただし、いわゆるホラー小説ではありません。
幽霊が現れても、恐怖で物語を引っ張るわけではない。むしろ、死んだ人と生きている人との境界が、いつの間にか曖昧になっているような、不思議な感覚があります。
川上弘美さんらしい、現実と非現実が自然に混じり合う世界です。
6編とも面白かったんですが、個人的には少年と猫が登場する話がよかったかな。
ちょっとグッときちゃいました。
この作品は、全体としては軽やかな読み心地なのに、ときどき思いがけないところで感情を揺さぶってくるんですよね。
スナックは昭和の遺物なのか
さて、この作品を読んでいて、物語そのものとは別に考えてしまったことがあります。
それは、スナックという場所の存在です。
僕自身、もうスナックにはほとんど行かなくなってしまいました。
昔は飲みに行った流れでスナックに立ち寄ることもありましたが、今はそういう機会がありません。これから積極的に通うようになるかといえば、まあ、ないんじゃないかな。
最近はスナック文化が再評価されている、なんて話も聞きます。
若い人たちが昭和レトロな雰囲気を楽しんだり、地域のコミュニティとして注目されたり。
そういう動きがあるのはわかるんですが、一方で、スナックという場所自体が、ある意味では昭和の遺物になりつつあるんじゃないかという気もするんですね。
本作に登場するふたりのママも、ある程度年齢を重ねています。
お客さんにも高齢の人が多い。
つまり、このスナックには、かつて当たり前だった人間関係や生活の風景が、そのまま残っているような印象があるんです。
決まった店に、決まった顔ぶれが集まる。
大した用事があるわけでもない。
お酒を飲みながら他愛のない話をして、また帰っていく。
今の若い世代に、こういう場所がどこまで必要とされているのか。
そもそも、お酒を飲まない人も増えていると聞きますし、飲み会そのものに対する感覚も変わってきています。
もちろん、スナック文化がすぐになくなるという話ではないでしょう。
ただ、少なくとも僕自身にとっては、スナックは日常生活から遠ざかってしまった場所です。
そう考えると、この作品に描かれているのは、少しずつ失われつつある日本の風景なのかもしれません。
失われつつある場所に、幽霊が訪れる
そこで面白いなと思ったのが、このスナックに幽霊が現れるという設定です。
そもそもスナックという場所自体が、過去の人間関係や記憶を色濃く残す空間です。
長く通っていた常連さんが亡くなったり、いつも座っていた席が空いたり。
けれども、その人の話は店の中で生き続ける。
昨日までそこにいた人が、今日もそこにいるような気がする。
考えてみれば、スナックというのは、もともと幽霊が似合う場所なのかもしれません。
そして、そんな場所そのものが、時代の変化によって少しずつ消えようとしている。
そこに幽霊がやってくる。
なんだか二重の意味でノスタルジックな設定ですよね。
生きている人たちが、すでに失われた時間を抱えながら、今を生きている。
そんな風景の中に、本当に死者が紛れ込んでくるわけです。
もっとも、これは僕の勝手な読み方で、作品そのものが過去を懐かしむだけの話になっているわけではありません。
むしろ物語はずっと軽やかです。
登場人物たちは、過去を引きずりながらも、今を普通に生きています。
そこがいいんですよね。
もしかしたら、ふたりのママも幽霊なのかもしれない
読んでいて、ふとこんなことも考えました。
もしかすると、このスナックのふたりのママも、すでに幽霊みたいな存在なのかもしれないな、と。
もちろん、そういう設定だという話ではありません。
ただ、スナックという場所自体が時代から取り残されつつあるのだとすれば、そこにいる人たちもまた、どこか過去の時間を生きているように見えてくる。
生きている人と死んでいる人。
今の時間と過去の時間。
その境界線が、思っているほどはっきりしていない。
そんな感覚が、この作品にはあるように思いました。
それでも、店は開いていて、お客さんがやってきて、いつものように会話が始まる。
生きていようが死んでいようが、とりあえず一杯飲んでいきなさいよ。
そんな空気が漂っているんです。
人と人が、ただ一緒にいる場所
この作品について調べていたら、川上弘美さん自身が興味深いことを語っていました。
川上さんは、もともとスナックに通うタイプではなく、むしろ常連同士の距離が近いような場所は苦手だったそうです。
ところが60代になって、人との何気ないつながりがある場所の大切さを考えるようになり、自分なら通いたいと思うスナックを想像しながら本作を書いたのだとか。
なるほど、と思いました。
スナックという場所が持っているのは、お酒を飲むという機能だけではありません。
誰かがいて、自分のことを知っていてくれる。
特別な話をしなくても、そこに座っていられる。
そういう場所なんですね。
これは確かに、今の社会でも必要とされるものなのかもしれません。
ただし、その役割をこれからもスナックが担い続けるのかどうかは、また別の話でしょう。
人が集まる場所や、人とのつながり方は変わっていく。
スナックという形式は失われても、そこで人々が求めていたものまでなくなるわけではない。
そんなことも考えさせられました。
読み終えると、なんだか気分がいい
いろいろ考えてしまいましたが、そんなに難しく読む必要のある小説でもありません。
基本的には、ちょっと不思議で、ちょっとおかしくて、ときどきしんみりする物語です。
幽霊が出てくるのに怖くない。
死や喪失が描かれているのに、読後感は暗くない。
むしろ、読み終えるとなんだか気持ちがよくなる。
そこがこの作品の一番いいところじゃないかな。
こういう話は、テレビドラマにしても面白そうですね。
ふたりのママがいて、毎回いろんなお客さんがやってきて、ちょっと不思議なことが起きる。
一話完結のドラマに向いているような気がします。
さて、これからスナックという文化はどうなっていくんでしょうか。
僕自身がまたスナックに通うようになるかといえば、あまりそんな気はしません。
でも、こういう場所がどこかに残っているというのは、悪くないことなのかもしれませんね。
そんなことを思いながら、気持ちよく本を閉じました。
いい小説だったと思います。
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