鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

読書録「司馬遼太郎が描かなかった幕末」

・司馬遼太郎が描かなかった幕末 松蔭・龍馬・晋作の実像
著者:一坂太郎
出版:集英社新書(Kindle版)



司馬遼太郎の「世に棲む日々」と「竜馬がゆく」を題材にして、最新の歴史研究をベースにして、司馬遼太郎作品の「誤認」や「間違い」、あるいは司馬遼太郎が意識的に行った「改変」を明らかにしている作品。
歴史(特に幕末)に興味がある人にとってはナカナカ面白い・・・けど、興味ない人には全く意味のない作品でしょうねw。



こういう作品の場合、対象とする作品に対して批判的なスタンスとなるのは、まあ作品の性格上仕方のないところです。本書についても、一部にあるような強い司馬史観批判を展開している訳ではないものの、司馬遼太郎が史実を改変して描いている部分については批難に近いコメントを寄せている部分もあります。
とは言っても、それもこれもベースとなる作品(本書の場合は司馬遼太郎の幕末作品)が会ってのことですからねぇ。
どうしても
「何か、難癖つけてるような・・・」
って一抹の印象が残ります。
それだけ司馬作品が偉大すぎるってことでもあるんですが。



司馬作品の「事実誤認」を考える場合、大きく以下のような要素があると思います。


①作品が書かれた時点で、その事実は明らかになっていなかった。
②「小説」の構成上、「削除」「改変」を行った。
③作品のテーマを考えて、「削除」「改変」を行った。
④「小説」として「創作」した。



「①」は仕方ないですわな。
問題は「②」「③」「④」。
これらについても「小説」ということを考えれば、
「まあ、そういうこともあるわな」
って話。(特に「④」とかね)
ただ問題なのは司馬遼太郎作品が「司馬史観」と言われるほどの影響力を持っちゃったってことでしょう。
「歴史的事実」の証拠として(一般の人が)その作品を挙げるくらい。
こうなっちゃうとさすがに、まずい。
それこそが「小説家」としての「司馬遼太郎」の見事さの証拠でもあるんですが。


僕は「幕末」に一定の興味は持っているし、司馬作品も好きなので本書は結構楽しんで読んだんですが、批判を加えるにしても、ここら辺をもうちょっと整理して欲しかったなぁと。
特に「③」のあたりは、(「松蔭」の章あたりで)結構触れてるんですが、もう一歩踏み込めたんじゃないかなぁ。ここには「戦争」経験者としての司馬遼太郎の「思想性」が反映していると思うので。
政治家達に「司馬ファン」が多いだけに、ここには「現在」への批判性すら強く出ているんじゃないかと感じます。


まあしかし「竜馬」ってのはナカナカ厄介ですなw。
僕自身は現時点では「坂本龍馬」の「実像」ってのは、司馬遼太郎作品ほど立派なもんじゃなかったんだろうなと思ってるんですが、思っていながらも「竜馬がゆく」の爽快さには魅入られたままです。
自分の作品のそうした部分に意識的であったことは、司馬氏が「坂の上の雲」の映像化に批判的であったことで分かります。
それでも司馬氏の死後、「坂の上の雲」は映像化されました。(これはこれで見事なものだったとは思っていますが)
であればこそ、司馬作品における「思想性」と、そこから行われた「創作」「改変」については客観的な評価をしておくべきだと思ってます。
「お前がやれよ」
って言われたら、困りますがw。