鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

読書録「カジュアル・ベイカンシー」

・カジュアル・ベイカンシー 突然の空席
著者:J.K.ローリング 訳:亀井よし子
出版:講談社(Kindle版)



「ハリー・ポッター」シリーズの作者が大人向けに書いたと評判の作品。
僕は別にハリー・ポッターシリーズのファンじゃないんだけど(3作くらいは読んだかなぁ。映画も4作目くらいまで。最終作のPart2だけiTunesでレンタルして観て、何か全て分かった気になってますw)、Kindleストアで早々に販売されているのを見つけて、つい買っちゃいました。
書籍だと分厚い本が上下二冊なんだけど、Kindle版は一冊の状態。
スペース面から言っても助かるね、ヤッパリ。



さて、中身なんだけど、
「突然死亡した地方議員の空席を巡り、その席を巡るそれぞれの思惑から、関係する人びとの隠されている秘密、切ない願い、行き場のない想い、絶望的な袋小路等々が、日常の隙間から露わになってくる」
みたいな話かな。
良くある設定と言えば、設定。ミステリー、特にハードボイルド系の作品なんか、大半はこの類型に含まれると言ってもいだろう。
逆に言えば、突拍子もない設定じゃないだけに、安定感のある仕上がりになっているとも言える。
正直、もっとつまらない出来も危惧してたんだけど、そこそこ読まされたと思うよ。
「大傑作」とは思わないけど。



ただ「ハリー・ポッター」ファンにとってはどうかなぁ。
少なくとも「魔法」をキーにした「別世界」を評価していた人にとっては、違和感満載なんじゃないだろうか?「ポッター」シリーズ自体はかなりダークな側面があるし、苦い現実認識から逃避することを目的とした作品ではないけど、「ファンタジー」という枠組み自体にそういう側面があることは否定できないからね。
そういう人にとっては、本書は全く期待外れ・・・どころか、求めるモノと正反対の内容と言ってもいいだろう。
ここで描かれるのは現実世界における「格差」であり、「差別」であり、固定化された「貧困」であり、理解のない「親子関係」であり、閉ざされた関係性の中にある「秘密」だ。
おそらくは冒頭で死亡する「不在者」こそが、最もその中では「現実」を見据えながら、「理想」を目指す者であった。
だが、その人間の「突然の空席」で、世界の軋みは急速に大きくなって行く・・・。
「現実逃避」を許さない厳しさこそが本書の読みどころの一つでさえあるかもしれない。



ハードボイルド系のミステリーと違い、ポッターシリーズの作者らしく、本作では若者の姿も生き生きと描かれている。現実に直面するのは大人達だけではなく、彼らもまた同じであり、その若さや無力さや傲慢さ故に、世界の軋みは彼らにこそ厳しく迫ってくる。
ポッターにはそれを跳ね返す「力」があり、導いてくれる「師」がいて、心強い「仲間」がいた。
しかし本作の登場人物達にとっては、ダンブルドアのポジションは「空席」となっているのだ。



ポッターシリーズで成功するまで、作者のローリングはかなり厳しい生活を送ってたって話だったよね。
本書に描かれる「現実」の厳しさと遣る瀬なさは、そういう経験に裏打ちされているのかもしれない。「ファンタジー」作家の挑戦というよりは、これこそがローリングの本質なのではないかと思えるくらいだ。



そのことは十分に評価しつつ、それでもこのラストについては「うーん・・・」だなぁ。
個人的には小説にはもう少し「現実逃避」的なものを求めているものでw。