鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

「犯人探し」ではなく…:読書録「黒い海」

・黒い海 船は突然、深海へ消えた

著者:伊澤理江 ナレーター:北方李奈

出版:講談社(audible版)

f:id:aso4045:20230613153044j:image


少し前に発売されて(2022年12月発売)、評判を聞いて、「どうしようかなぁ」と思ってたんですが、audibleになったのを知って、DL。

割と一気に聴き終えてしまいました。

 


2008年、太平洋上でパラアンカーを使って碇泊していた第58寿和丸は、周辺に僚船が何隻もいたにもかかわらず、突如転覆、深海5000メートルに沈んだ。

数分で沈没したため、生存者はわずか3名。17名の乗組員が犠牲となる。

生存者からは付近の海は油まみれで「黒い海」となっていたとの証言があったにもかかわらず、2011年東日本大震災直後に出された報告書では、油は少量とされ、「大波による転覆」が原因として片付けられてしまう。

2019年、ふとしたキッカケでこの「事故」のことを知った作者は、関係者たちへの丁寧なインタビューを重ねつつ、その経緯を追うことになる。

その中から浮かび上がってきたものは…

 


…ってな感じですが、こういう風に聞くと、ほとんどの人は、

「潜水艦?」

ってなるでしょうね。

作者もそうだし、僕もそう。

(愛媛県出身の僕の場合、「えひめ丸」のことがあるので尚更、ってのはあるかもしれませんが)

ただその「推論」に飛び付かず、作者は他の要因も慎重に潰しながら調査を進めます。

その結果、

「おそらくは米国の潜水艦が…」

 


でもこの作品、そういう「推理」や「追及」が読みどころじゃないんです。

まあ、「潜水艦」絡みのことろで<陰謀論>めいたもの(米国との関係から政府が隠蔽…みたいな)は思い付きますし、関係者の中にはそれらしき振る舞いをしている人もいなくはないです。

ただそれ以上に突きつけられるのは、

「日本の官僚組織」

のあり方。

そしてその根底にある

「人命軽視」。

 


「事故」から長く原因が判明せず、調査書が出されなかったのが、3年経った2011年。

東日本大震災の直後に発表されます。

沈没した寿和丸の母港は「小名浜」。

震災の津波で大きな被害を受けた場所です。

関係者もまたその被害の渦中にあって、激動の日々を送っているその最中に調査報告書が出されるわけです。

忙殺される日々の中に埋もれさせることを狙ったかの如く…。

 


先日見たNetflixオリジナルドラマの「The Days」はこんな字幕で締められます。

 


<なお、2023年現在

福島第1原発は収束しておらず

廃炉作業は今日も続いている>

 


ドラマを見終わった時点では、まだこの本の前半部分しか聴いてなかったのでピンと来なかったのですが、本の終盤はまさにこの字幕が語ることそのものを訴えかけてきます。

そしてこのニュース。

寿和丸が所属していた会社の社長・野崎氏が今日も苦しみ、戦っている姿が窺えます。

 


https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230610/k10014095861000.html?fbclid=IwAR1qmBuNyxOxEvBJHwbkr6nitAaMPECkGd2VfpJIUwgef6tasLeUiV0xh3g_aem_th_ARqQdNce0JubP4qnKcCsXwF0zTY6dKck2lo63NVsK7Uf1scLfW3MXF2zApcVlJiKOOQ

 


「潜水艦」をめぐる軍事情勢の話も興味深いものはあります。

が、その「犯人探し」が本書の狙いではないでしょう。

もっと大事なものが突きつけられている。

その土地で生きていかなければならない人を、理想と現実の間で折り合いをつけていかなければならない人に対して、国は組織は選良は、<誠実>に向き合っていかなければならない。

問われているのはそこだと思います。

 


「犯人探し」が目的なら、さして読む意味はないかも。

福島第一原発事故の教訓として、吉田所長が「あの大事故を後世に伝えること」が自分の使命であると思い至った「重み」が、本書の根底には流れていると思います。

ジャーナリズムの一つの「あり方」を見せてくれる労作です。

 


#読書感想文

#黒い海

#伊藤理江

#audible