鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

連作短編ミステリーは大好物:読書録「ヒポクラテスの悔恨」

・ヒポクラテスの悔恨
著者:中山七里
出版:祥伝社文庫

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法医学者・光崎教授シリーズ第4作。
前作は「パンデミック」をテーマにした長編仕立ての作品でしたが、本作は連作短編集。
僕はやっぱり好きなんですよね、ミステリーの連作短編。
堪能させてもらいました。


テレビ番組に出演した光崎教授は
「遺体解剖に必要なのはカネ」
と言い切り、視聴者の反感を買う。
番組HPに
「1人だけ殺す。絶対に自然死にしか見えないかたちで」
という投稿があり、埼玉県警は自然死と思われる遺体を巡って右往左往せざるを得なくなる。
果たして犯人の意図はどこにあるのか?
そこには光崎教授の<過去>が…


自然死なのか殺人なのかを見極めるために、少しでも不審なところがある死者の背後を追いかける登場人物たち。


高齢者男性(老人の声)
技能実習生(異邦人の声)
ニートのバイカー(息子の声)
フィリピンパブのホステス(夜蝶の声)
新生児(子供の声)


一見「自然死・事故死」と思われる<死体>の声を聞くことで、明らかになってくる<事件>。
そして光崎の<過去の後悔>が犯人の行動から浮かび上がってくる。


「後悔」って言っても、光崎は光崎なんですけどねw。
背筋の伸びたその偏屈振りに、彼の<信条>が立ち上がります。


<「(前略)わしが謝罪しなければならない相手はお前ではない。悲嘆の声も上げられずに殺された死者に対してだ。自惚れるな」>


いやぁ、いいねぇ。
サイコパス疑惑のキャシー先生も大活躍です。


5作目も発表されてるんだよなぁ。
文庫本になるのを待つべきか否か。
いやはや、悩ましい。

あの髪型は劇中じゃさほど気にはなりませんw:映画評「ARGYLLE/アーガイル」

「キングスマン」シリーズのマシュー・ヴォーン監督による新スパイ映画。
劇場公開は見逃して、AppleTV+で観ました。

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エリーはスパイ小説シリーズ「アーガイル」の著者。
作品の展開に悩み、実家への帰省途中の列車で殺し屋に襲われ、エイダンという本物のスパイに助けられる。
彼女が書く「アーガイル」は現実のスパイ活動を<予言>する内容になっていると言うのだ。
なぜ彼女が書く小説は現実のスパイ活動に繋がってしまうのか?
度重なる襲撃を交わしつつ、エリーは<真実>に近づいていく…


ヘンリー・カヴィルの絶壁刈り上げが印象的なルックになってますがw、劇中ではそこまで気になりません。
序盤からテンポよく話が進み、アクションも畳み掛けるようで、退屈はしない。
さすがマシュー・ヴォーンって感じ。


ただ個人的には「大ネタ」部分が、過去の有名SF映画とかぶって、しかもシャープさではそれに劣る…という点が気になります。
正直、そこがあって終盤の展開については、
「まあ、なぁ」
って感じになっちゃったかな。
最後までキレのあるアクション満載ではあるんですけど。
ま、「盛り込みすぎ」かもしれませんw。
趣味的には「恋愛要素」はもっと少なめで良かったんじゃないの…って印象です。


興行的にはナカナカ厳しかったらしくて、予定されてたシリーズ化もどうか…ってとこのようです。
「キングスマン」シリーズとのクロスオーバーも考えられてたようですが。
しかしまあ、そこまでやらんでも…って感じもあります。


コメディ系のスパイアクション好きなら、評価は悪くないのかも。
問題はそのジャンル自体がちょっと飽きられてきてるのかもね…ってとこでしょうか。
約2時間10分。
ちょっと長いしw。

「乱歩」の世界が楽しめます:読書録「乱歩殺人事件ー「悪霊」ふたたび」

・乱歩殺人事件ー「悪霊」ふたたび
著者:芦辺拓 江戸川乱歩
出版:KADOKAWA(Kindle版)

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江戸川乱歩の未完の長編「悪霊」を、パスティーシュものの名手・芦辺拓が完成させた作品。
「未完の小説」というと、作者が死去して…みたいなケースが多いんでしょうが、「悪霊」は1933年(昭和8年)、乱歩が40歳くらいの時に発表され、中断されたままになった作品です。
明智小五郎ものでは人気絶頂…だけど、本格推理小説作家としては壁にぶち当たっていたと言う時期なんでしょうかね。
多分、「本格推理」好きの人には「悪霊」も名高い作品なんでしょうけど、僕は全然知りませんでした。


美しい未亡人が密室状態の蔵の中で全裸で刺殺される。
彼女が参加していた交霊会が、彼女の死後に開催されたとき、霊媒師の盲目の少女は更に殺人事件が続くことを予言する…


作品としては乱歩が書いた「悪霊」のこの連載4回分をそのまま組み込んで、
知る人ぞ知る(らしい)<トリック>
をベースに物語を展開させ、それを芦辺拓さんがひっくり返してみせる
…という構図になっています。
そこに江戸川乱歩の史実上のエピソード(張ホテル)を絡め、「なぜ中断しなければならなかったのか」を「悪霊」の事件に絡ませると言う入子構造に仕立てています。


…う〜ん、これでも言い過ぎ?
本格推理のあらすじってネタバレを避けようと思うと難しいですね。


戦前の推理小説(ましてや乱歩)なので、仰々しく、陰影のある描写が連続します。
「このままだと読むのが面倒になるかも…」
と思ってたくらいで、乱歩パートが始まって、ちょっと助かった気分w。
それでも全体として乱歩っぽい雰囲気を保っているのは、さすが芦辺拓さんです。
面白かったです。


まあ、「乱歩が書いた未完の小説を完成させた」と言っていいのかどうかってのはあるでしょうがね。
乱歩が考えてた構想に乱歩自信が出てきたとは思えないのでw。
一方でじゃあ、ストレートに「悪霊」をそのまま書き継ぐ…ってことやって、それが面白いものになるかというと、それもまあ…。
と言うことで、芦辺さんはいい具合にエンタメに仕立ててくれたんだと思います。


江戸川乱歩好きな方にはオススメの一作。
本格好きな方も。
そこらへんに興味がないと、「?」とは思いますが、そんな人は手に取らないでしょうねw。

僕はいったい何を読まされてるんだろう…:読書録「ありえない仕事術 正しい“正義“の使い方」

・ありえない仕事術 正しい“正義”の使い方
著者:上出遼平
出版:徳間書店

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ドキュメンタリー「ハイパーハードボイルドグルメリポート」で有名なプロデューサー上出遼平さんの<仕事術>本。
僕自身は存じ上げてはいたものの、「ハイパーハードボイルドグルメリポート」は見てないし、著作も読んでいないんですが、ネットで評判になってたので(星野源さんも褒めてた)、読んでみました。
「この歳で<仕事術>もねぇ〜」
って思いつつ。

 

でもまあ、なんだろ。
読んでよかったです。
「この歳で」とか関係ないっす。


構成としては、<仕事術>について概念的なことをまとめた「第一部」と、具体的にドキュメンタリーの企画・制作の進行を見せることで、その<仕事術>の実際に踏み込んでいく「第二部」に分かれています。
「第一部」で論じられたポイントはこうまとめられています。


<巷間に広く共有される成功というものの先に幸福はあるのか、ということから始め、とにかく自分の足で立てるように、生存権を自分の手に取り戻すことが必要だという話を経て、ズルや噓はむしろコストパフォーマンスが悪く、現代社会においては社会善を目指すことこそ合理的であるという話をしました。そして具体的なマス・コミュニケーションの技法の中から、様々な業種で応用できるものを抽出し、欲望をいかに利用すべきか、エンターテインメントがいかに重要であるかということをお話しし、最後に既存の様式を破壊することそのものがエンターテインメントになりうる、ということまで説明しました。>


そして「死の肖像」というドキュメンタリーシリーズに取り組む姿が「第二部」では描かれます。
このドキュメンタリーシリーズ。
コロナ禍でのある病院の<ドラマティック>な展開を経て、ALS患者に寄り添うドキュメンタリーに進みます。
それがまあ、なんかもう…
僕は何を読まされてんのかな
…みたいな感じになって…

「読んでみてください」
としか言えないとこまで来ちゃうのがなんとも凄い。
そこから振り返って、「この本って…」って、いまだに整理しきれないところが僕にはあります。


上出遼平さん。
こりゃ、なかなか凄い人ですね。
う〜ん、「ハイパーハードボイルドグルメリポート」見なきゃいかんかなぁ。

原作改変されてるが、ドラマとして良くできています:ドラマ評「三体シーズン1」

あの壮大なドラマをどう実写化するのか?
Netflixってことで、期待と不安が相半ば。
…個人的には満足できる内容でした。
いやぁ、シーズン2、早よ。

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壮大でありながら、心揺さぶられる原作
…なんですが、結構難しいとこもあって(僕の理解力の問題ですが)、詳細なところはどうも…。
でもザクっとした概要の記憶はあって、それを引っ張り出してくると、3部作はこんな感じです。

第一部:三体が地球を侵略しにくることがわかるまで。
パナマ運河での大活劇がクライマックス
第二部:面壁者計画の推移
第三部:三体世界・人類世界の滅亡と世界の再生


原作は最初から順番に時系列が並ぶんですが、驚くべきことに、Netflixのドラマはこの3つの部が同じ軸で進むと言うことをやっています。
登場人物を欧米人にするくらいはやるだろう…でしたが、この力技にはビックリ。
その割に整理がされていて、映像の力でぐいぐいのめり込んでしまうというのがあります。


しかし、これからどうするのかな
原作は相当な時間軸を持って描かれているので、これを短縮しすぎると、このシリーズの壮大さが楽しめなくなると思います。
設定的にも宇宙艦隊の設立なんかには一定程度の時間が必要だと思うので、それをスキップするとつまらないと思うですよね。
ここら辺が期待と不安です。
これだけのものに仕上げた製作陣だから、安易な省略には流れないとは思いたいけど。


登場人物を欧米人にして…だけど、「葉文潔」は原作のまま。
息苦しくい文革の表現も。
一人の女性の「孤独と絶望」が引き金となった物語のコアは実写版にも残っています。
個人的にはもっと葉はドライな印象もあるんですけどね。
人類の救済も絶滅も、彼女にとっては根源のところではどうでも良かったのではないか、と。
それほど彼女の絶望は深く、だからこそ「種」を残すことも軽々と行うことができた。
…ま、僕の妄想かもしれませんw。


パナマ運河での大アクションは息を呑むものがあります。
アレが生み出したもう一つの「絶望」がどうなるのか。
う〜ん、やっぱシーズン2、早よ。

これは小説なのか、エッセイなのか…:読書録「水 本の小説」

・水 本の小説

著者:北村薫

出版:新潮社

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北村薫さんはものすごく好きな小説家なんですけど、あまり電子書籍はお好きじゃないようで、作品のほとんどがリアル本だけでの出版になっています。
なかなか本の整理が大変になってきて、できる限り本は持たないようにとここ数年はしているので、なんとなく北村薫さんの作品は買わなくなってしまっていました。
まぁ、ミステリーについては家族も読むので、引き続き買ってるんですけどね。
ミステリー以外の小説とかエッセイとかが対象外になってた感じです。

土曜日の新聞を見ていたら、広告欄にこの本の続編(?)になる「不思議な時計」の広告が載っていました。
副題が「本の小説」。
小説?
ちょっと気になって前作にある本書を購入しました。
泉鏡花賞を取ってるんですね。
全然知りませんでした。

内容としては最近北村薫さんの小説に多い日本の近代小説をめぐるあれやこれやの話をまとめた内容
「え?これって小説なの?エッセイなんじゃ…」
ここら辺、本書にも収められている徳田秋声に関する話題のところでの「私小説」に関する話につながるかな?
煎じ詰めれば、そんなジャンル分けにさほど意味がないともいえます。

なんだかんだ言ってこういう話好きなんですよね。
1日で読み上げてしまって、続編も購入してしまいました。

以前読んだ本では、
高校生以上の日本人で本を読むのは2人に1人。月に1冊か2冊で1日を読書時間は30分…というのが日本人の平均像だと言う記述がありました。
統計的にどこら辺まで正しいのか分かりませんが、感覚的には「まぁ、そうかもしれない」。
この比率はずいぶんと昔から変わらないらしいので、昔から「本を読む」と言う人種はマイノリティーだったんでしょうね。
僕もまぁ、そのマイノリティーの1人ではあるんでしょうけど、そのマイノリティーから見ても本書に出てくる北村薫さんや、その周りの人たちの本に関する知識や記憶力は驚くべきものがあります
そこのところが面白いっちゃ面白いんですけど、本を読まない人にとっては「なんかエリートくさいなぁ」って感じがしなくもないかも。
そんな人が読むわけねーかw。

僕個人で言えば、こういうのにほのかな憧れを感じたりはしますが、とてもじゃないが、そんな大量の本を抱えることはできません。
こういうのを読ませてもらって、ニヤニヤ笑うっていうのが、ちょうどいいのかもしれません。

…というわけで、続編も読ませていただきます。
しばらく積ん読になっちゃうかもしれませんけどw。

文章でコンテンポラリーバレエを描く挑戦:読書録「spring」

・spring
著者:恩田陸
出版:筑摩書房

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「蜜蜂と遠雷」でピアノ演奏の高みを文章で描いた作者が、バレエ、しかもコンテンポラリーを中心に描いた意欲作品。
クラシックならまだしも、コンテンポラリーの創作バレエを文章でどう表現すれば…ってところを力技で押し切ってる一作ですw。
日曜日の午後、一人(と一匹)で留守番する時間があって、午後いっぱいで読み上げてしまいました。
面白かったです。


構成としては4パートに分かれていて、それぞれのパートを違う人物が語る構成。
最初の「跳ねる」で、主人公(萬春)の同期がバレエダンサー・振付師としての天才性・特異性を語り、
次の「芽吹く」で主人公の伯父が主人公の幼少期からバレエ留学するまでを振り返ります。
「湧き出す」では主人公と協力して創作バレエを作る幼馴染の音楽家の視点から主人公の創作の過程が説明されて、
最後の「春になる」で主人公自身が自分を語る。
…という流れ。


この手の作品だったら、主人公が成り上がっていく過程を順番に追いかけたり、コンクールを取り上げて、そこに主人公の天才性を集約させたり…って仕立てにしそうなものですが(後者は「蜜蜂と遠雷」でやってますw)、時間軸を緩くしながら、「語り」によって主人公や彼が目指すバレエの<カタチ>を浮き立たせる流れになっています。
一気に読んじゃったんだから、その仕掛けにまんまと僕は乗っちゃったわけですがw。

 

個人的な趣味を言えば、四章の語りが主人公自身になってるのは、最初ちょっと違和感もありました。
なんていうのかな〜、少し「生(なま)」な感じがしてw。
こういうのをアカラサマにするのはどうかな〜、個人的には<天才>はもっと隔絶した存在に描いてくれた方がハマりやすいんだけど〜
…まあ、作者がこっちに舵を切ったのも分かるんですけどね。
結局は僕も入り込んじゃったし。


さてさて、本作も映像化されるかしらん?
創作バレエを文章で読む側に迫るインパクトで描いてくれてますが、これを「映像」にするのは、それはまた別の話だろうしな〜。
むしろそこら辺は「漫画」の方が向いているかも。(バレエと漫画は相性いいし)
今、「蜜蜂と遠雷」は皇まことさんが漫画化してるけど(個人的には「傑作」と思ってます)、あっちの連載が終了したら続いてこちらも…とは行かないかな?
映画とかドラマには、う〜ん、ちょっとうまくいくような気がしない。


…って、別に漫画化とか映像化とかしなくていいんですけどねw。
ただそういうトコを刺激する<勁さ>みたいなものは確かにあるな〜って感想です。
かつて「アラベスク」や「SWAN」を楽しんだ方なら一読をおすすめいたします。