鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

ゴールデンウィークの宿題に取り組みました:読書録「ピカソは本当に偉いのか?」

・ピカソは本当に偉いのか?
著者:西岡文彦
出版:新潮新書(Kindle版)

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ゴールデンウィーク倉敷の美観地区に行った時に息子と娘は大原美術館に入りました。
思ってたよりも面白かったらしくて、1時間以上ぶらぶらしていたのですが、帰りの車の中で
「ピカソのどこがええんか、よう分からん」
とありがちな疑問が出てきましたw。
その時は「僕もようわからんけど」と言いながら、キュービズムの美術史的な位置づけなんかを話したりして煙に巻いたんですけど、なんとなくモヤモヤ感が僕の中にも残っていました。
…ということで、帰りの車の中で話題になった「トランスジェンダー問題」に続いて「ピカソ問題」にようやく取り組みました。
たまたまネットで読んでた文章でこの本が紹介されてたって言う話なんですけどね。(この本が出版されたのは2012年と少し前になります。)


・本当にピカソの絵には、芸術的価値があるのか
・ピカソの絵があれほど高い値段で売買されるのに実態は伴っているのか


子供たちの疑問は大きく言えば、この2点なんでしょうけど、いずれも
「時代と言うファクターを通して見ると、価値がある」
と言うことになるでしょうね。
「ピカソ」は求められる時代に恵まれたと言う側面は確かにあると思われます。


「芸術的価値」と言う点から言うと、
ピカソ自身の美術的な技量は相当に高いものであった(父親からかなり仕込まれてたようです)
宗教改革、ブルジョア革命を経て、芸術が「美」を追い求めるものになり、そのことが美術の抽象的観念的側面を強化していったタイミングにピカソが登場した
と言うのが、ピカソが「求められる時代」の背景になります。
要すればピカソ自身、一般受けするような絵を書こうと思えば、いくらでもかけたんだけど、観念的な先端性を追いかける「前衛」の世界に身を置くことから、実験的な手法に取り組んだ…ということです。
「前衛」が求められるようになる背景の社会革命と美術の関係性なんかはなかなか面白いパートでした。


ピカソの絵が、あれほどの高い金額で取引されるようになった背景と言う点は
ブルジョアが絵を購入するようになった。
アメリカから投機的な資金が流入するようになった。
と言う点が大きいかと。
「なぜピカソ?」
ってのは上記のピカソ自身の技量ももちろんあるんですけど、越えて「ピカソ」と言う人物の特異性もあるようです
まぁ、正直言って、身近にはいて欲しくない人物ではありますけどねw。

 

結論から言えば
「ピカソの絵っていうのは、芸術的価値は歴史的に見てもあるんだろうけれども、これだけ高い価格がついていることについては、投機的な要素も見逃すことはできない」
と言うあたりでしょうか。
まぁそれほど間違った事は子供たちには言ってないかなw。
個人的には、実は「絵画」ってよくわからなくて、ピカソだけじゃなくて、西洋絵画全般的に「わかったようなわからないような」なんですけどね。