鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

リベラルに対する危機感がお二人とも高いように思います。:読書録「実験の民主主義」

・実験の民主主義 トクヴィルの思想からデジタル、ファンダムへ
著者:宇野重規 聞き手:若林恵
出版:中公新書(Kindle版)

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政治学者・宇野重規さんと、ワイヤードの編集長だった若林恵さんの共著。
宇野さんの「民主主義とは何か」、若林さんの「次世代ガバメント」は、個人的にかなり刺激を受けた作品でした。
その2人の対談本ということで期待感はあったんですが、それを裏切らない刺激的な一冊でしたよ。

概要に関しては、以下の宇野さんのあとがきでのまとめが端的(というにはムチャ長いけどw)です。

 

 

<大きくいえば、本書は民主主義論に対し、二つの角度から問題提起をしている。
 一つは執行権(行政権)への着目である。本書において詳しく論じているように、これまでの民主主義論はどちらかといえば、むしろ立法権中心であった。もちろん、有権者の意志を、立法の過程を通じていかに実現するかという主題が重要であることは、あらためて強調するまでもない。とはいえ、このような立法権中心主義によって、覆い隠されてしまったものがあるとすれば、その最たるものが執行権の問題であろう。なるほど、議院内閣制においては国民によって選ばれた議会の制定法が執行されることによって、また大統領制においては政府の長が国民に直接選挙されることによって、執行権の民主的なコントロールが実現している。  
しかしながら、今日においてますますその影響力を拡大している執行権に対し、民主主義は選挙を通じてしか働きかけることができないのか。言い換えれば、日々の執行権の営みに対し、私たちはより直接的に影響力を行使することはできないのか。もし現代のテクノロジーの発展によって、執行権の民主的コントロールが実現できるとすれば、民主主義はその射程を大きく広げることになる。本書の第一のメッセージはこの可能性をめぐってのものである。  
私たちは、日々、執行権(行政権)に働きかけることができる。政府の情報を開示させ、単にそれをチェックするだけではなく、自らの意見や問題意識をより直接的に政策に反映させることができる。それは政策のデザイン思考が語られる現代において、行政サイドから求められている動きでもある。政策形成は、そのエンドユーザーである市民の問題意識をいままで以上に反映すべきである。その意味で私たちは、かつてルソーが嘆いたように、「選挙の日だけ自由である」わけではない。選挙以外にも、民主主義を実現する方策は存在するのだ。  
第二のメッセージは、新たなアソシエーションとしてのファンダムである。トクヴィルがアメリカにおいて発見したのは、普通の市民が他の市民と協力しながら、地域の課題を自ら解決していく技術(アート)であった。そのために彼が注目したのがアソシエーションである。このアソシエーションを現代的に翻訳すると、 NPOや NGOになるということは、これまでも繰り返し論じられてきた。しかしながら本書では、実に意外なことに、いわゆる「推し活」などが話題になる、映画やドラマ、音楽などをめぐるファンの活動に着目している。  
この一見すると突拍子もない問題提起は、政治思想史的にいえば、無根拠なものではない。何より、近代の代議制民主主義において中心的な役割を果たす政党は、本来は私的な党派や分派に過ぎなかった。これを近代的な政党論へと読み替えたのが、本書でも論じているように、英国のヒュームやバークらであった。彼らは政党を単に必要悪として承認するだけでなく、むしろそこに人々の多様な意見や利害を集約する機能を託したのである。このことによって、本来は私的な人々の集まりであったものが、共通の政治的理念や利害によって結ばれ、政権獲得を目指して活動する近代的な政党へと発展していった。  
そのような政党も、起源においては、共通の趣味関心によって結びつけられたクラブなどの自発的な結社であった。そうだとすれば、現代においてそれにあたるのは、ファンダムではないか。このことが本書のもう一つのメッセージとなっている。その際に、ファンダムに見られる排他性や独善性をできる限り薄め、むしろそこにあるメンバーの無償の贈与や自発的協力の側面を強化していきたいというのが、私と若林さんの出した結論である。>

 

 

「執行権」と「ファンダム」。

 

「民主主義」を現代において有機的に機能させて行くためにどうしたらいいか…という点で宇野さんは「執行権」の重要性を「民主主義とは何か」で指摘されてましたが、それを<現場>においてどう機能させていくのか…という点で一つの方向性を見せてくれたのが若林さんの「次世代ガバメント」だったと僕は思っています。

 

もう一点。
「選挙」以外に、民意をどうやって柔軟に反映させていくか…という点について、宇野さんは「中間組織」の重要性を指摘されていましたが、労働組合やNGO、NPOといった組織ではなく、「推し」を動機として機能する「ファンダム」の可能性について、本書では若林さんと語っています。
まあ、この点は実装という観点からはもっと深掘りが必要でしょうけどねw。
でもちょっと面白い視点だと思いますし、ネットやデジタルデバイスを活用することで新しい「あり方」「やり方」が見えてくる可能性もあると期待もさせられます。

 

 

宇野さんも若林さんも、基本的には「リベラル」の立場に立っておられます。
その「リベラル」が、現在うまく機能しなくなっているのではないか、その危機を乗り越えていくためにはどうしたらいいのか。
というのが本書の基調にあるんじゃないですかね。

 


「リベラルの変調」は、「大きな物語」がなくなりつつある中で(それ自体は「リベラル」の成果と言えるのですが)、先鋭的な「理念」に走り、それを「正義」として絶対化することで、社会との乖離を生んでしまっている…というところにあるんじゃないかと個人的には思ってます。
その中で、ネットを活用した「ファンダム」的な動きについては、むしろ「右派」の方がうまく適応できている。
「執行権」の問題なんかでも、たとえば地域政党から出てきた「維新の会」の方がより意識的にアプローチして指示を広めている。
「理念」を捨てるわけではないけど、「社会」との距離感をどうやって取り戻していくのか。
…「リベラル」の課題はここにあると僕は思います。(「右派の方は〜」とかは関係なくて、「リベラル」自身の問題として)

宇野さんや若林さんだけでなくて、岡田憲治さんとか、「リベラル」のあり方に危機意識を持って、提言し、行動する方は増えているように思います。
増えてるんだけど…う〜ん、なかなか大きな流れにはならないですねぇ。
悩ましい。

 

 

個人的にはリベラルよりスタンスを打ち出しつつ<執行権>を重視する政党が出てくるといいとは思っています。
国民民主党あたり、いい線なのかもしれないんですけど、まだ立法権を中心に動いてる感じがあるかなぁ。
もっと地方自治とか個別課題(今だと社会保障費がらみでの医療体制の再構築とか)に軸足を移した方が…って気もするんですがね。
まあ、ファンダム的な動きが出てきたところで前原さんに足元掬われたりして、不運なところはありますがw。

 

 

ただ本書のような指摘が広がっていくことは悪いことではないです。
その向こうに何か新しいものが見えてくることを願っています。

 

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