鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

英雄的行為が全て報われるわけではない。:読書録「福島第一原発1号機冷却『失敗の本質』」

福島第一原発1号機冷却「失敗の本質」
著者:NHKスペシャルメルトダウン』取材班
出版:講談社現代新書


<吉田所長の英断
「海水注入」で
原子炉に届いていた水は
ほぼゼロだった!>


こんな帯の煽りにも関わらず、本書を読むと吉田所長の「英雄」ぶりが改めて強く印象付けられます。


<「吉田は、事故対応に命をかけて最善を尽くしていた。その吉田がいうから自分はついていったと振り返る部下は非常に多い」>


吉田所長の傑出したリーダーとしての判断・行為は多岐にわたりますが、その「象徴」ともいうべきが「海水注入の継続」でしょう。
官邸を忖度した東電本部の命令に逆らい、冷却のための海水注入を継続した吉田所長の判断と行為(腹芸)は、混乱のさなかに現場に乗り込んで混乱に拍車を掛けた(とされる)菅首相の振る舞いと比較されることも少なくないと思います。
僕自身も素晴らしいリーダーであったと、吉田所長のことを考えています。それは本書を読んでも変わりはありません。


しかしその「海水注入」は全く効果がなかった。


本書の焦点はそこです。
「なぜ水は届かなかったのか?」
「その真因はどこにあるのか?」
「なぜそれに気づくのが遅れたのか?」
6年という時間が経ち、データと現状分析が進み、ある程度冷静に「事態」の推移を見れるようになって、その疑問への回答が本書には記されています。


現場での情報共有のあり方
過去からの情報の記録と伝達のあり方
日本独特の、リスク回避しようとして、より大きなリスクに目をつぶってしまう文化
そして、「傑出したリーダー」が存在したが故の「功罪」


本書はかなり技術的なことに触れながらも、実に論理的に書かれているので理解することは難しい書籍ではありません。
それでいて本書の指摘を短くまとめることは非常に難しい。
<未曾有の事故に対して、有能だったリーダーと現場が双方とも懸命の対応を続けた>
…それでも「届かない」ことがある。
福島第一原発事故は「そういうもの」だったのだということが、よくわかります。


果たして電力としての原発をどうすべきか。
正直、僕には「答え」がわかりません。
しかしながらすべてを「なし」にすることは出来ない。
たとえこの瞬間に「原発ゼロ」を決めたとしても、福島原発をかかえた我々は、僕が生きている間は「核」の問題から逃げることは出来ないでしょう。


そして本書が投げかけるのは、
「それは原発だけに起きるリスクではない」
と言うこと。
より怖るべきはそのことこそ、かもしれません。


決して読んで楽しい作品ではありません。
でも広く読まれるべき。
少なくとも「組織」を動かすべき立場に立つ人間は、この難しい問題を直視し、その対処を常に考え続けなければならないと思います。
その筆頭の一つが、「政治家」なんですがね。