鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

「人種差別」を正面から取り上げなかったことは、どう評価されてるのかな?:「トーキング・トゥ・ストレンジャーズ」

・トーキング・トゥ・ストレンジャーズ  「よく知らない人」について私っちが知っておくべきこと

著者:マルコム・グラッドウェル  訳:濱野大道

出版:光文社

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2015年7月

サンドラ・ブランドという黒人女性が、テキサス州で軽微な交通違反(方向指示器の出し漏れ)から警官とトラブルになり、逮捕され、勾留所で自殺してしまう。

 


この事件を取り上げ、そこにある「他者との交流」におけるシステム不全について論じた作品です、

アメリカのこの手の作品らしく(作者らしくとも言える)、興味深い事例が数多く取り上げられ、

「これって、どういう方向に…」

と思っているうちに、ドンドン引き込まれて、行き着く先では作者の主張に納得させられるという、相変わらずのグラッドウェル節。

退屈せずに読めて、考えさせられもする内容です。

 


作者の主張をザク〜っと整理するとこんな感じでしょうか?

 


①人はデフォルトで他の人を信用するようになっている。そのことが社会をスムーズに回しているのだが、時にそれが致命的判断ミスに繋がる時がある。(スパイや詐欺師の事例)

 


②他人の表情や振る舞いで、その人の性格や考えていることが分かる(透明性)と思いがちだが、すべての人が同じようなパターンで表情や振る舞いをするわけではない。自分が知っているパターンとは異なる振る舞いをする他人に対しては、その判断は機能しない。

 


「①」の点を踏まえて、アメリカの警察は

「些細な法律違反をきっかけに尋問や捜査をすることで、銃やクスリ等のリスクが高い犯罪を摘発する」

という方針を取り始めます。

元々はカンザスでの成功例を広めたものですが、カンザスで重視された「地域(ブロックのような極めて狭いエリア)を限定し、社会的信頼を破壊しないように注意を払う」という前提を除いて適用されてしまった結果、幅広いケースで行われることとなってしまい、そのことが警察の社会的な信頼性さえも揺るがす事態となっています。

 


サンドラ・ブランドさんの事件は、こうした警察の方針に沿った警官の対応の中で発生し、「②」の透明性の不全によってサンドラさんと警官のディスコミュニケーションが事態を悪化させ、悲劇に至ったのである。(「自殺」に関しては「結びつき」という別の要因も指摘されています)

 


…大きな流れはこんな感じですかね?

「信用」「透明性」と言った、個人においても留意すべき点を説明しつつ、サンドラさんの事件を踏まえて、警察組織が取っている捜査方針の致命的な誤りを指摘する…という、なかなか意欲的な内容となっています。

 


本書が出版されたのは「2019年9月」。

その後、世界は「コロナ禍」に見舞われ、その延長線上でアメリカは「BLM」運動が盛り上がっています。

 


<この国では、 警察官がいまだ人を殺している。 しかし、 それらの死が大々的に報道されるブームの時期は過ぎた。 私たちはいったん立ち止まり、 サンドラ・ブランドが誰だったのかを思いだす必要があったのではないだろうか。 しかるべき期間が過ぎると、 私たちはこれらの論争を脇へと追いやって次の話題に移る。 

でも私は、 次の話題に移りたくはない。 >

 

 


しかしBLM運動は「次の話題」に移った事態を引き戻しています。(運動の中で「サンドラ・ブランド」さんに言及するようなケースもあるようです)

 


本書では「人種差別」的要因にはほとんど触れられていません(言及はされています)。

これは作者が無視したというよりは、「人種差別に触れることで、論点が感情的な方向にぶれることを危惧した」ということじゃないかと僕は推測しています。

作者の指摘である「警察が取っている捜査方針の修正」は「人種差別」的な要因を抜きにしても(感情的なことを考慮するなら「抜きにした方が」)実行できることですからね。

 


ただこういう局面になると、そういう作者の「配慮」が批判される要因にもなっちゃうんじゃないかなぁとも危惧しちゃいます。

「そもそも社会構造的に黒人に対する…」

って言われちゃうと、その点に関しては「その通り」なので。

ただそういうルートだと「警察の方針を変更させる」っていう目的を達成するのはチョット後回しになっちゃうんじゃないかなとも思うんですよ。

そこに「人種差別的要因がある」ってことになると、その認定だけで大揉めになりそうですから。

 


本書が現在本国でどういう読まれ方・取り上げ方をされているのか、僕にはわかりません。

ただここで指摘されていることは、本質的には「BLM」運動が目的していることのある局面の解決には役立つことなんじゃないかと思います。

だからこそこの機会に、本書の問題提起が取り上げられ、警察改革がなされていけばいいな…と思わずにはいられません。

 


余計な心配かな?w

 


(本書自体はものすごく興味深く読める本でしたよ。

「透明性」に関しては、作者の過去作「第1感」を否定する部分もあります。

その誠実さにも好感が持てました)