鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

読書録「激突!朝まで生対談」

・激突!朝まで生対談
著者:田原総一朗、佐高信
出版:毎日新聞社



知らなかったのは、佐高信と田原総一朗が昔馴染みだったってこと。
まぁ面識くらいはあるだろうと思ってたけど、これほど関係が深かったと思ってなかった。
あんまり佐高信の著作を読んでないからねぇ。
だいたい週刊誌の記事を読むくらい。
それだとちょっとこの関係は分からない。



双方の対立点も主張もよくわかる内容になっていて、結構面白い一冊だと思う。
もちろん擦り合わないところが多いんだけど、 かといって感情に流されず、それなりに双方の主張をきちんとしているところがいい。
それぞれそれなりに骨があるってところかな。



佐高信がそれまで評価していた田原総一朗を批判するようになったのは、田原総一朗が権力側に立つようになったからだという点にある。
このきっかけは田原総一朗も認識していて、三人の首相をサンデープロジェクトでクビにした後、それまで確固たる「権力」だと思っていたのが、その内実が伴っていないことに気づき、対案を打ち出す必要性があると言うことを意識し始めたことがその転換点だ。



これを権力にすり寄ったと佐高信が言うのもわからないでもない。
一方で田原総一朗が言うように、社会を変えていくためにはきちんとした対案を出さないと変革は行われないと言う認識がでてきたというのも理解できる。



個人的にはどちらかというと田原総一朗のスタンスに近いかな。
首相をクビにしたって言い過ぎるのものどうかとも思うけどねw。



権力を揺さぶるのに、批判が必要だという佐高信のスタンスもよくわかる。
しかし今の政治の状況なんかを見ていると、それほど確固たる権力というものがあるのかというのは確かに疑問だ。
批判だけをすることによって社会が良い方向に変わっていくのか。
それよりもきちんとした具体案を打ち出して行き、社会を変えてことに対してアサインしていく。
そういう態度が必要だというふうに僕も感じている。



だいたい批判は安易にすることができるし、何となくそのスタンスがかっこよく見える。
佐高信がそうだというふうには思わないけれども、マスコミ全般にそういう風潮があるというのが僕の感想だ。



そういう意味で具体的な変革を打ち出して来る橋下氏を評価する田原総一朗の立場に僕は近いものを感じている。
ファシズム批判はやはり安易過ぎると思うよ。
(スキャンダルに対する許容範囲の幅というのもなかなか興味深い対立点だった。
これも「権力批判をどう捉えるか」というところにつながる考え方の差でもあるんだけどね)



まぁでも彼らがもっている問題意識みたいなものもあぶり出されて来て、なかなか読みたい読みごたえのある対談集だった。
対立する二人の見物と言うような野次馬根性という点でも読む価値はあるかと。



なかなか楽しい一冊でした。