鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

「兆し」はあるかな:読書録「新・所得倍増論」

デービッド・アトキンソン 新・所得倍増論 潜在能力を活かせない「日本病」の正体と処方箋
著者:デービッド・アトキンソン
出版:東洋経済新報社

デービッド・アトキンソン 新・所得倍増論

デービッド・アトキンソン 新・所得倍増論


元・金融アナリストで、現在は京都で伝統工芸の会社を経営しているイギリス人による「日本論」。
僕は結構この人の著作が好きで、何作か読んでるんですが、作者によると一連の「シリーズ」(だったらしいw)は打ち止めとのこと。
ちょっと寂しいけど、それに相応しい、読み応えのある一冊でした。


割と論旨は明快です(だからこの人の作品が好きなんですが)


1 分析
高度成長期に象徴される戦後日本の経済発展は、日本の潜在能力の高さを反映しているのは確かだが、それ以上に「戦争の徹底的な破壊からの復興」(すでに戦前で日本は「先進国」であった)と「人口ボーナス(人口の急激な増加)」によるところが大きかった。
「失われた20年」は、本来「人口ボーナス」から「生産性向上」(特にサービス業・農業)に経済成長の牽引要因を切り替えなければならなかったにもかかわらず、それを怠ったことによって生じたものである。


2 対処の方向性
「生産性向上」のために、日本の場合はその潜在的能力の高さを活かさなければならない。具体的な取り組みとしては「IT活用」と「女性の生産性向上」。
「IT活用」は単に「PCを入れる」「タブレットスマホを使う」ということではなく、ビジネスモデルや業務の流れ、資本投下、人員配置等を根本的にIT前提のものに置き換えるというもの(ITを人の働き方に合わせるのではなく、人の働き方をITに合わせる変革)。
「女性の生産性向上」は「女性の給与を上げる」とか「パートで働きやすくする」とかいうことではなく、「男性と同じ業務・役割を女性に与える」ことで、それに相応しい賃金水準としていくというもの。


3 具体的アプローチ
「生産性向上」に経営者サイドのインセンティブは日本では働きにくい。この点の認識は日本政府の方が高く持っていることから、政策・法律による「外圧」で経営者が生産性向上に取り組まざるを得ない方向に舵を切らせるべき。


ここら辺の話を「一人当たりのGDP」から切り込んで(日本は27位で先進国では最下位になる)、生産性等についても具体的な「数値」を示しながら論を展開してくれています。
非常にわかりやすく、納得感のある内容だったと思いますよ。


日本の生産性が高くないこと(一部の企業は極めて高いが、全体としては)、高度経済成長に「人口ボーナス」が大きく寄与していること等は結構知られてきていると思うんですが(僕自身、本書で示されるデータに「驚き」はなかったです)、まだ「常識」にまではなってないですかね。今ちょうど、その鳥羽口あたりかな、って気がします。
伊賀泰代&ちきりんが「生産性」に関する作品を出版したのも、そういう機運があって、ってことじゃないかと。


日本政府も、多分作者が提言している方向に舵を切りつつあるんじゃないですかね、「アベノミクスの失敗」が語られるようになっていますが、あれは「第三の矢」が不発だったところに大きな要因があると個人的には思っています。
そこを担うべきは「民間企業」。
しかしながら多くが及び腰だったために、第一・第二の「矢」の効果が好循環に繋がらなかったのでは、と思っています。
そこに踏み込みつつあるのが今の段階じゃないかな、(「電通事件」へのリアクションとかも含め)


保険業界は「人口」と密接に関係した業界なんで、ここら辺の話は相当に関係してきます。
と同時に、その意識が高いからこそ、現在、「生産性」に踏み込んだ色々な対策や施策、投資がされてるのではないか、と。少なくとも僕が勤めてる会社はそういう方向性を認識していると思います。


あとはスピード感かな。


<どの分野でも問題を指摘すること、とりわけ制度の批判をすることは、実は簡単です。難しいのは、指摘したその問題を具体的にどう解決していくのかという方法論であり、さらに難関なのは、それを実行することです。>


「実行」には「人」の問題が必ずある。「経営者」だけではなく、「働く者」の側にも、「生産性向上」に対するネガティブな感情が少なからずあることが「実行」における大きなポイントとなっています。
ここを「どう動かすか」。
これなんですよねぇ。
(確かに「生産性」だけを追い求めて、「格差社会」に突き進むようなことがあってはマズイでしょう。ただそれも程度問題。だからって「みんなで貧しくなろう」ってのもどうですかね。「成長」を諦めると、「優先順位」が極めて問われるようになります。それも結構ギスギスしますよ)


なんにせよ、「一読に値する」作品なのは間違いありません。
オススメです。