鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

読書録「イスラーム国の衝撃」

・イスラーム国の衝撃
著者:池内恵
出版:文春新書(Kindle版)

イスラーム国の衝撃 (文春新書)

イスラーム国の衝撃 (文春新書)



本書の出版が今年の1月20日。
同日、湯川氏と後藤氏がイスラーム国の人質としてビデオに登場。
1月28日に電子書籍版発行。
不謹慎かもしれないけど、「時期を得た」出版ではあったかと。
現時点(1/31)では湯川氏は殺害され、後藤氏の安否は不明な状況下、ヨルダンを通じての人質解放交渉が継続していると見られています。
個人的にはこのタイミングで論評をすべきでないと思っていますが、
「何が起きているのか?」
を知る背景として、本書は非常に役に立ちました。


本書を読んでの僕自身の理解は以下です。

まずは「イスラーム国」の登場の背景。
遠因としての第一次世界大戦後の戦後処理から、「アフガン戦争」「9.11」「テロ戦争」「イラク戦争」「アラブの春」・・・と、「イスラーム国」登場にいたる国際情勢が分かりやすく説明されています。
基本的なアウトラインは知ってることが多いんですが、改めてこういう風に整理されると、人質事件で唐突に目の前に立ち上がったような印象の「イスラーム国」の背景に複雑な国際政治の流れがあることがよく分かります。
「アルカイダ」を敵とする「テロ戦争」で集権的な組織から分散的な組織へとイスラムテロ組織が変容し、「イラク戦争」によってイラクに土着的なテロ組織の定着がなされ、「アラブの春」によって中央集権的な統治能力が減退したアラブ諸国の空白地帯に力を広げたのが「イスラーム国」・・・。
アメリカの立ち位置などと重ね合わせると実に不思議で皮肉な想いがします。


もう一つは「イスラーム国」の思想的なバックボーン。
作者はそこに「新しいものは一つもない」と断じます。
同時に、その思想のベースは「イスラム教」にとって特殊なものではなく、ある意味、一般のイスラム教徒にも共通理解可能な教典の文言や解釈を流用しているのだとも解説しています(僕の理解では、ですよ)。
僕自身は
「イスラーム国の主張やそのバックボーンとなる思想は、イスラム世界においても異端的な考え方だ」
と思い込んでいたので、これはちょっと意外でした。
作者はそれを「イスラム教」が歴史の流れの中での「近代化」「現代化」を経ていないが故と見ているんだと思いますが(「近代」「現代」におけるアラブの位置づけがそれを阻んだとも言えるんじゃないですかね)、だとすればアラブ/イスラム世界に置ける「イスラーム国」の立ち位置ってのは、思ってたよりも「異端」ではないのかも・・・。
いや、何とも言えないんですけどね、ここら辺は。


果たしてこれから人質事件がどのような展開をするのか、その中で「日本」が国際世界においてどういう立ち位置をとるのか、そして「イスラーム国」がどうなるのか・・・
本書にもその答えはありませんし、僕にも分かりません。一連のビデオレターの質などを考えると、「イスラーム国」の能力は減退してきてるのかなとも思わなくもないのですが。
ただ国際社会に置ける中東の不安定さが今後の国際情勢に大きな陰を落とす可能性があることは確かでしょうし、欧米を中心とした先進国の影響力が下がる中で、「イスラム教」を奉じる人々/国との関係を考えて行く必要性はドンドン増して行くでしょう。
「イスラーム国」のことを考えることはその一つの試金石になるのかもしれませんし、本書はその役に立つ作品だと思います。


それにしても、世界はどんどん複雑になります。
その複雑さに対峙できる「靭さ」
必要なのはそれであり、それはまた「大人」になることでもあります。
我々には、僕にはその資格があるのでしょうか?