鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

ガチなミステリーというよりは、コメディ寄りの楽しい物語って感じ:読書録「パリ警視庁迷宮捜査班 魅惑の南仏殺人ツアー」

・パリ警視庁迷宮捜査班 魅惑の南仏殺人ツアー

著者:ソフィー・エナフ 訳:山本知子、山田文

出版:ハヤカワ・ミステリ(Kindle版)

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邦題がもう、「コメディ」寄りw。

 


はみ出し者を集めた特別班といえば「特捜部Q」シリーズですが、あっちがどんどんシリアスになってるのに比べたら、こっちは(各メンバー、いろんな悩みを抱えてるんですが)スラップスティックまでは行かないけど、かなりコメディ色が強い仕上がりになってます。

ミステリーも、まあ「添え物」って感じかなぁ。

犯人像そのものが「ネタ」化しつつある気もしますし。

 


でも僕は好きですね。このシリーズ。

読み始めた頃は前の作品のことは漠然としか覚えてなかったんで、

「えっと〜、こいつはどういう奴やったっけ」

と戸惑いもありましたが、読み進めるとOK、思い出しましたw。

この捜査班。

「厄介者」の集まりであると同時に「再生工場」でもあるんですな。

「回復させる」というよりは、「それぞれの特徴を活かす」って感じで、ヒロインはナカナカ優秀なリーダーでもあるか、と。

ま、コメディですがw。

 


本作で新メンバーがさらに2名増えてしまったので、次作が出たら、また最初は戸惑うかな?(三銃士もどきの新人、好きです)

でも多分出たら読むと思います。

気楽に読めていいですからね。

もう「特捜部Q」の方は、身構えちゃいますからw。

西浦先生との対談が物凄く興味深かったです:読書録「丁寧に考える新型コロナ」

・丁寧に考える新型コロナ

著者:岩田健太郎

出版:光文社新書

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ダイヤモンド・プリンセス事件(w)で「悪評」を買った岩田先生が、「新型コロナウイルスの真実」に続いて出版したコロナ本。

第一波、緊急事態宣言…を経て得た知見を踏まえて、新たに執筆されています(執筆時期は7月の第二波直前ってタイミングかな)。

 


「簡潔に、分かりやすく」ではなく、「丁寧に、理解できるように、ゆっくりと」説明しててくれています。

なんせ、「はじめに」と「対談」を除いて、240ページほどで取り上げられるのは、

 


・なぜ国ごとに差が出たのか、第二波がどうなるか

・検査について

・マスクについて

・緊急事態宣言の考え方

・プール、温泉…そして「専門家」と「信用」の基準

・楽器、音楽、コンサートーリスクヘッジの方法

・治療について

 


の7項目だけ。

さらに最初の2項目で120ページを費やしていますからねw。

じっくり、ゆっくり、丁寧に。

確かに「分かりやすい」。

でもじゃあ、「コロナウイルスへの付き合い方が簡単になるか」って言うと、全然そんなことはないんですけどw。

 


作品の趣旨から言って、僕がここで「簡潔に」ポイントをまとめるのはマズいでしょう。

「ぜひお読みください」

としか言いようがないw。

ちょっとだけ言うと、

「日本を含めアジアの感染被害が抑えられているのは、中国との距離感から、感染の広がりに(欧米に比して)早く気づいたため」

「検査、マスクは<状況次第>で対応が変わる」

…ってあたりが前半の「ポイント」です(岩田先生、ごめんなさい)

 


個人的には「おまけ」と思ってた西浦先生との対談がむちゃくちゃ面白かったです。

専門家会議という「政府」に近いところで動いている西浦先生の「組織とのスタンス」が、岩田先生とはひどくすれ違っていて、笑うしかない(実際、西浦さんは笑ってますw)。

ただ専門家会議の専門家たちが、どんな覚悟と想いを持っているか、っていうのは、襟を正す思いでした。

第二波・第三波…と続けてくる中で、日本全体で失敗を繰り返しながら学んでいくしかない。学べなければ国が滅ぶ。

…そういう強い覚悟が彼らにはあるようです。

そういう中で政治家が変わることにも期待してるようですが(国民の支持を失い、政権を失う恐怖から)、あるいは今の菅政権の矢継ぎ早の規制改革の姿勢は、その現れなのかもしれません。

(そういう観点から考えると、今の野党のスタンスはあまり効果的じゃないですね)

 


毀誉褒貶激しい方ですが、さすがに最近は発言の妥当性が認められてきてますかねぇ。(相変わらずTwitterでは絡まれて、うんざりしてる気配も見えますがw)

現時点で「新型コロナ」について考える上で、本書は最良の作品の一つでしょう。

 


…簡潔に分かりやすい本じゃないですけど。

 

この時期に作られたことには意味がある:映画評「Fukushima50」

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冒頭、いきなり「2011年3月11日 午後2時46分」のテロップ。

前置きなしで、東日本大震災が襲ってきます。

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ここから福島原発を襲う津波、全電源喪失…と、次々に訪れる苦難、そこへ取り組む作業員たちの苦闘、官邸・本店との軋轢…と、スピードと緊張感のある展開には引き込まれます。

少なくとも前半部分はかなりシャープな作りになっていると思いますよ。

 


現在、コロナ対応に追われる中、政府の判断の遅さや、現状確認の甘さ、判断の責任所在の曖昧さ、行政手続きの不全等が露わになっていますが、それは震災の時の原発対応の時にも通じるものなんだな…と再確認できます。

佐野史郎が演じる総理大臣はもちろん「菅直人」をモデルにしてるわけですが、別に彼が「悪役」なのではなく、あの立場・あのタイミングで、ああ言う言動になることはわからなくもないです。

あの時、誰が首相でも、上手くやれたとは思えないですから。

むしろそこに見えるのは、政府も含めた「日本的組織の不全」。

そう言う意味では「日本の課題」を、今のタイミングでもう一度明確にしてくれる映画とも言えるでしょう。

誰かも言ってましたが、ほんと「シン・ゴジラ」みたいですわw。

 


映画として「惜しい」と思うのは、途中から「人間ドラマ」に流れちゃうところ。

特に避難民や登場人物たちの「過去」シーン、在日米軍の対応等は、ドラマの緊張感を削いでしまっていると思います。

この辺りが「重要じゃない」と言うのではなくて、「重要だからこそ、この尺で描くのは無理」という意味ですね。

ここら辺、直前に見た「シカゴ7裁判」とは対照的。

シーンを絞ることで緊張感とスピード感を保ちながら、カットバックを使うことで、事態の深さや広がりもしっかりと観る側に伝える。

ああいうやり方があったんじゃないかな…と思わずには得られませんでした。

 


個人的には東日本大震災後の東電を巡る一連の流れには思うところがあります。

首都圏の大停電をギリギリで回避した東電の現場の人たちの懸命な取り組みにはもっとスポットライトが当たるべきだとも思っています(彼らとその家族は、言われなき非難にも晒されました)。

もちろん福島を避難した人々の苦難にも。

だからこそ、安易にシーンを組み込むのはどうかな…と感じたと言うのもあります。

(まあ、ここら辺を描くのは、まだ早いのかもしれません。自分自身、まだ整理がついていない部分があります)

 


映画の最後では「復興五輪」に触れられます。

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「まだ早い」

 


そう言われてるような気がしました。

「カウンター・デモクラシー」という考え方は「実践」の面から興味深い:読書録「リベラルの敵はリベラルにあり」

・リベラルの敵はリベラルにあり

著者:倉持麟太郎

出版:ちくま新書

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リベラルの中からリベラルの現状について批判的に評する動きが出てきてますが(「リベラリズムの終わり」とか、「なぜリベラルは敗け続けるのか」とか)、本書はそういう流れの中で最も「政治」に近いところから提言された作品かもしれません。

安保法制論議の際に日弁連から論点整理を依頼され、国会証人にもなり、その後野党の政策立案のサポートなんかにも絡んだ方ですからね。(山尾志桜里議員との不倫騒ぎもありましたな。ま、どうでもいいけど)

 


・「リベラル」が想定する「個人」があまりにも「合理的」すぎるため、現実の「弱い個人」を掬い取れず、その理念への執着が社会との遊離に繋がっている

・「リベラル」も「保守」も、政党/議員は「選挙に有利になる」ことを行動原理とすることから、個別の細分化された主張を掲げる集団にアサインすることに終始し、そうした主張をしない過半の人々を置き去りにしてしまっている。(そのことがネットによって、より可視化され、先鋭化している)

・結果として先鋭化し分断した「リベラル」と「保守」は、個々の政策においても着地点を見出すことができず、互いを批判し、排除し合うだけの関係となってしまっている。

 


といった認識は、結構僕も共有することができます。

そういった細分化され、分断化された「個人」をまとめるために「包摂的なナショナル・アイデンティティ」が必要…とするあたりは、コミュニティの重要性なんかを考える延長線上にありえるかな、とも思います。

(もっともこういう「掲げ方」そのものが包摂を阻害するかもしれませんが)

 


作者はそこから、

「ではどうすべきか?」

という点にも論を展開しています。

 


ポイントとなるのが「カウンター・デモクラシー」。

「選挙」に囚われて近視眼的になってしまっている政党や政治勢力とは別の形で、民主主義を形づくろうって動きですかね。

 


<カウンター・デモクラシーは、代議制民主主義への反動や克服という点では「ポスト民主主義的」であり、監視と抵抗というその原始的な本質からすると、「プレ民主主義的」でもある。統一的で全体的な理論ではなく、あらゆる政治実践の積み上げである。ただ一つのベストば解があるなどといった観念をむしろ捨てたところに、カウンター・デモクラシーは醸成される。>

<本来カウンター・デモクラシーは、既存の代議制民主主義と敵対するものではなく相互補完的なものである。我々市民が、「選挙」という機会でしか政治に対する民意の入力ができないとすると、あまりに機会が乏しい。したがって、政治への民意の入力機会を日常的・恒常的に補うのがカウンター・デモクラシーである。>

 


その実践例として、シビック・テックなんかを活用した動きを実際にしようとしてるあたりは、興味深いし、期待もしたいなと思いました。(シビック・テック=<市民自身が、テクノロジーを活用して、行政サービスを始めとした「公」の問題や、様々な社会課題を解決すr取り組み>)

 


しかしまあ、全体的には「実践」おける評価は「これから」って感じでしょうか。

気になるのは、リアルに議論・討議をカウンター・デモクラシーとして実践してる事例として、「コクミンテキギロン」や「ゴー宣道場」をあげてるあたり。

言いたいことはわかるし、そういう意義もあるんでしょうが、外から見てると、そういう集まりそのものが「フィルターバブル」の一つに見えちゃってるってのもあるんじゃないか、と。

少なくとも僕自身は、この両者の動きが広く開かれたものであるという認識は持っていません。

(様々な実践の積み上げ…という観点からは、個々を云々する必要がないんですけど。問題はそういう動きがどれだけ数多く盛り上がってくるか、それを社会の動きにどう繋げていくか…ということでしょうから)

 


それに、広く実践を呼び込んでいくという観点からは、本書は「ちょっと高尚すぎる」かもw。

いや、すごく頭の整理になったし、様々な視点からの論議がされていて、興味深くもあったんですが、「リベラル批判」という観点からは、「その批判自体が上から目線やん」って感じがしなくもないというか…w。

「いや、そりゃお前の勉強不足やろ」

と言われりゃ、「全くその通り」なんですが、同時に本書の趣旨から言えば、

「それをいっちゃおしまいよ」

でもある。

 


まあ、「理論書」としてこういう本が必要なんでしょうね。

だからこれはこれでいいとして、「次」が問題。

こうした課題認識・問題認識を踏まえ、社会を動かすような訴えを、どういう形にするかが、重要だと思います。

(民主党政権をはさんだ日本の政治の動きが、小沢一郎の「日本改造計画」に引っ張られたように)

 


倉持さんが書く必要はないんですけどね。

そのサポートをすればいい。

ただ問題は「その人材が見当たらない」ってこと。

「書く」だけじゃなくて、それを「体現」しなきゃいけませんから。

 


山尾志桜里?玉木雄一郎?石破茂?

まだ知らぬ「誰か」?

 


これからの10年・20年を引っ張る(あるいは「掻き回す」)誰か。

その「誰か」が本書の問題意識と提言を背負ってくれれば、これは期待ができると思うんですけどね。

 


非常に読み応えもあるし、頭の整理になるとともに、志の高い作品だと思います。

「リベラル」のあり方に興味がある方は、是非ご一読を。

うわ〜、無茶苦茶オモロいやんか:映画評「シカゴ7裁判」

まあ、「法廷もの」って結構な確率で面白いんですけどね。

しかしその点を加味しても、これはかなり面白かったです。

2時間10分。

全然、退屈しませんでした。

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観る前は、正直「お勉強モード」もあったんです。

ドキュメンタリーじゃないんで、「私はあなたの二グロではない」ほどじゃないにせよ、

「反戦や人権を巡る歴史を学ぶ」みたいなとこはあるんやろ〜な〜、と。

 


確かに「学ぶ」ところはある。

でも全然退屈しない!

むしろワクワクすらして観れるという。

それでいて、しっかり「今につながるリベラルの根幹」というものをしっかりと見せてくれます。

ブラックパンサーの党首ボビー・シールを巡るくだりにはしっかりBLMへの流れを。

腹立たしい判事や現政権の自分本位な正義の振りかざしには、昨今のどっかの政権への批判の眼差しを感じることができます。

同時に「上から目線リベラル」に対する批判の視線もここにはあるのかもしれません。

 


自らの「弱さ」や「打算」を直視し、それを認めることから「共感」と「連帯」が生まれ、そこから立ち上がる「勇気」

 


アメリカはこういうの好きやね〜。

そしてこういうことを掲げるからこそ、どこかでこの国の人々を信じたいという気持ちも出てくる。

いやぁ、ラスト、熱くなりましたw。

 


歴史上の「シカゴ7」の流れについて事前知識がなくても全然楽しむことができます。(僕もWikiを読んだくらいの知識しかありませんw)。

それでいて、当時の状況から今へ投射される問題意識を認識させるあたり、かなり出来の良い作品だと思いますよ。

ま、「所有代名詞」の下りは、ちょっと考えないと、ピンと来なかったけどw。

 


Netflixオリジナルだけど、もともとは劇場公開用に製作され、コロナ禍でネット配信になった作品。

出演陣の豪華さ、その演技合戦も楽しめます。

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オススメです!

鑑賞の一つの「尺度」として、面白かったです:読書録「絵を見る技術」

・絵を見る技術 名画の構造を読み解く

著者:秋田麻早子

出版:朝日出版社

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絵画鑑賞に関しては僕は完全に「感覚派」(言い換えれば、「何も考えずに見る」w)なんですけど、そう言うスタンスでも、

「なるほどね〜」

って感心させられました。

「感覚派」とか言いながら、美術館では結構「音声解説」を使ってるんで、絵の描かれた背景とかは割とインプットされてるんですよね。

それよりもこういう見方っていうのは、より「作品そのもの」に即した鑑賞の仕方をリードしてくれる視点になります。

ま、小説を読むときの「テクストとしての読み解き」みたいな感じかな?(違うかw)

 


フォーカルポイント、経路、バランス、色、構図・比例

 


というポイントで「見方」を解説。

カラー図版がバンバン入ってて、それをベースに読み解いてくれるので、実にわかりやすい。

…んですが、「構図・比例」の後半くらいになってくると、チョットついて行けないとこも。

いや、わかるんですけど、

「いくらなんでも、そりゃ偶然の可能性もあるんちゃう?」

って感じでしょうか?

こんな補助線、考えてられんってw。

(これは僕の能力の限界でもあります。好きな人は多分、こういう解析好きだと思うし、実際に製作者がそこら辺まで意図してた可能性は少なからずあります)

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絵画を見るのが好きなら、こういう視点を自分の知識として整理しておくのは面白いでしょうね。

そこまでのつもりは僕にはないんですがw、「そういや、こういう見方があるって言ってたな」くらいは頭のどっかに収めておきたいと思ってます。

良い作品と思いますよ。

ちょい好みの作品も見つけたしw。

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決めつけてるのは自分…と言うお話:映画評「アイ・フィール・プリティ!」

他人は外見で人間を判断する。

だから自分はイキイキと生きていくことができない。

…そう決めつけて、生き方を制約してるのは「自分自身」なんだよ


というお話。

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確かジェーン・スーさんがお勧めしてたんですよね。

それでprime Videoのマイリストに入れてたのを、梨うまいさん(悔しみノート)もオススメされてたのを読んで見ることにしました。

 


うん。

面白かったです。

 


まあ、ストーリーとしては「こうなるだろうなぁ」って展開からほとんど外れません。

 


外見に劣等感を持ってるヒロインが、事故で「自分は美人だ」と思い込むようになって、自信を持って振る舞ううちに、周りにも影響を与え、成功していく。

でもその過程で鼻持ちならない部分も出てきて、大切な友人を失い、その後、「思い込み」を失って…

ラストは「自分は自分なんだ。これでいいんだ」ってことで、大成功!ハッピーエンド!

 


いや、そう言う話ですから、それでいいんです。

 


よくできてるなぁ、と思ったのは、「自分は美人になった」って後も、ヒロインの外見は「そのまま」なんですよね。

「そのまま」なんだけど、自信を持って行動する姿が「魅力的」に見える。

これは主演のエイミー・シューマーの魅力でしょう。

そしてその「行動」が「周り」も変えていく。

オタク気質で人付き合いも悪く、引っ込み思案な男が、彼女の魅力に惹かれて行き、その過程で彼自身も自己肯定感が高くなるあたり、ちょっとイイなと思いました。

 


<子供の頃はみんな自信に満ち溢れていたのに、あるキッカケで疑問を抱き始める。

何度も自分を疑ううちに全ての自信を失う。

自尊心や信念も全て消えるの。

 


でも、それに打ち勝つ強さを手に入れられたら?

 


見た目なんて関係ない。

子供の頃の自信を失わないで。

誰かに「能力がない」とか「美しくない」と言われても、私たちの強さや賢さはもっと素晴らしいものよ。

 


だって私は私だから。

私であることを誇りに思う。>

 


ラストの「演説」が全てを言い尽くしてる…って話でもあります。

 


まあ、実生活であそこまで自信満々に振る舞われちゃうと、それはそれで引いちゃいますけどねw。