・ゆっくり歩く
著者:小川公代
出版:医学書院

松山で一人暮らしをしている母が、パーキンソン病の疑いがあるということで、検査入院することになった時に、新聞の書評欄で見つけた本。
ジェーン・スーさんの「介護未満の父に起きたこと」みたいに、今後のことを考える上での参考になるエッセイみたいなもんかなと思って購入しました。
(ChatGPT)
作品概要
•小川公代さんが、難病(書評ではパーキンソン病と記載)を患った母と向き合う日々を、**母娘の会話(和歌山弁のやりとり)**を軸に描く、エッセイでありドキュメント。
•これまで「ケアの倫理」を理論として語ってきた著者が、ケアの当事者になり、失敗・行き違い・衝突も含めて、「一緒にゆっくり歩く」時間の中で見えてきたものを記録していく。
目次
•第1章「歩調を合わせる」:発症〜生活の変化/文学(ボルヘス)/「ケア・フォー」と「ケア・アバウト」
•第2章「ケアされる」:聞けない・聞き損なう/家族(父親像)/日常のケア(弁当など)
•第3章「とつぜん落ちる」:事故や喪の作業/「迷惑をかけること」/ケアの力
•第4章「実地で学ぶ」:民主主義・非暴力・「傷」への回路/二元論を拒む物語
•第5章「移動する」:親密圏の難しさ/身体と物語(ブロンテ姉妹、アリス等の参照)
•第6章「ボールで遊ぶ」:弱さの扱い/『変身』や映画的参照/アメリカでの母
•第7章「ツタがからまる」:“ツタ力”/コモンズ/オープンダイアローグ/回復のプロセス
•第8章「ゆっくり歩く」:母=ストーリーテラー/常識を疑う/祖母のエピソードへ

届いてみて中を見てみたら、
「ん?思ってるのとは違うかな?」
って感じ。
軽いエッセイプラス実用書みたいな感じで考えていたんだけど、もうちょっと真面目で、ちょっと哲学的な感じ、そんな感じがしました。
読み始めるのに少し抵抗感はあったんだけど、読み始めると読みやすいし、すごく引き込まれる内容でした。
別にこう、学術書的な感じではないですね。
ま、エッセイともちょっと違うけど。
全体的な作者のお母さんの状況の流れで言うと、あとがきで書かれている通り、
<痛い、あるいは苦しい。それなら病院を探して診てもらう。足の指にタコできて不快きわまりない。何なら痛い。すごく痛い。それなら医者に取り除いてもらおう。食事がつくれなくなったら、どこかいい施設を探して入ってみよう。入ってみたものの、やっぱり自由が奪われる気がする。それもつらい…。じゃあいったんそこから出てみる?どうする?えっ。不安で押しつぶされそう?それなら、オープンダイアローグを試してみたらどうかな。>
みたいな感じです。
そういう流れを踏まえながら、作者の母親、父親、そして祖母の人生なんかを絡めて、それらとの関わりや生き方なんかを振り返りつつ、作者の経験や学んできたことも照らし合わせながら、ケアされる/するというのがどういうことなのかっていうのを考える、そんな作品でした。
まあやっぱり、「ケア」っていうことを考えながら読まされましたね。
寄り添うっていうことが必要だってことはもちろん認識をしているんだけど、
それが一体どういうことなのか、
それを考えた時に自分自身がどういうふうにあるべきなのか、
そういうことを考えながら読まされましたし、気づきというか、反省というか、そういうものの多い一冊でした。
私の母の診断は、結局パーキンソン病の初期ということで、薬が随分と効くようで、症状も緩和されています。
ちょっと怖かったのは、85歳という高齢でもあるので、それ以外の症状が出てくることが怖かったんですけど、そちらの方は大丈夫でした。
ま、これから時間をかけながら、母とどうやって過ごしていくのかっていうのを僕も考えていくことになる、っていうことになりますね。
実用書的にその参考になるっていうのとはちょっと違うけれど、スタンスとしては、どういう心持ちや、スタンスを、距離感なんかを持てばいいのかっていう点では、すごく参考になるんじゃないかと思いました。
いや、いい本だと思いましたよ、本当に。
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