鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

なんでコレで朝日と決裂にまで至るのか、よう分からん:読書録「エモさと報道」

・エモさと報道

著者:西田亮介
出版:ゲンロン(Kindle版)

f:id:aso4045:20250724163640j:image

 

 

社会学者・西田亮介さんの新作。
ReHacQとかで楽しませてもらっているので、応援の意味もあって購入しました。
ゲンロンが出版しているから、東さんの応援も兼ねて、かな。


(Amazon)
本の概要
旧弊なメディアに正面から疑問符を突きつけ、激震を引き起こした「エモい記事」論争。苦境にあえぐジャーナリズムを救うべく、大手全国紙に提言を行った著者だったが、返ってきたのは驚くべき反応だった――。著者の書き下ろし論考に加え、江川紹子、大澤聡、大治朋子、武田徹、外山薫、山本章子、東浩紀との対話を通して、この国の報道の未来をタブー無しで考える。話題沸騰の社会学者が切り込んだ、巨大新聞社との戦いの記録。


もともと西田さんがエモい記事批判を繰り広げた時に、元となる記事なんかは読ませていただいてました。
でも正直言って、この本を読むまで自分の考えがかなり浅かったことに気が付きませんでした。
いや
「結局新聞記者もさぁ、本好きだから文学的嗜好があって、エモい記事書きたいのよ。だって天声人語が一つのステータスになってるじゃない」
くらいのこと考えたんですけれども、全然そういう話じゃなかったですねw。


西田さんの狙いに関しては、本の中にこういうふうにまとめられています。

<(エモい記事とは)読者の感情に訴えるような文体と内容で、往々にして特定の個人や事例を主人公にした物語調の記事のことです。「街の老舗が閉店する」とか「夫と死別した妻の思い」とか。読者を泣かせたり共感させたりはしますが、その対象を取材した理由や社会的な意義が明確ではなく、データや根拠が希薄、なにかを批判したり賛同したりするわけでもなく、記者の主観が強調される傾向にあります。
(中略)
ぼくは、エモい記事を全否定はしていません。ただ、最近は紙面も薄くなっているのに、この手の記事が多すぎる気がします。「かぎられた紙面とマンパワーで、もっと優先して取材、掲載されるべきニュースやその分析、解説があるはず」、「新聞は自らの役割を再認識してほしい」という問題提起のつもりで論じました。>


さらにそこから、
新聞というメディアの経済基盤をどういうふうに維持していくか、広げていくか
っていう話に広がって、そこから
果たしてこの新聞・マスメディアのネットワークっていうのを維持していく方向で社会が支援をしてべきかどうか
っていうところにまで話が展開するような内容でした。


個人的な感想で言うならば、確かにその問題意識も危機感も分かるんだけれども、公的資金や補助金でそのネットワークを維持するよう支援するってのは難しいんじゃないかなっていう思いが残りました。
その点は、収められている対談の中で江川紹子さんや外山さんがコメントをされていますし、あとがきで西田さん自身が朝日新聞社との直近のトラブルに言及されているところからも出てくるように、そもそものマスメディアに対する信頼性っていうのがもう毀損しきっているんじゃないかっていうところが一番の理由です。
まあ兵庫県知事選でそういうとこって表に出たっていうのもあるんですけどね。


もちろん新聞社やマスメディアの方も、そこらへんに目をつぶっているわけでもなく、兵庫県知事選を踏まえて、今回の参院選での選挙報道っていうのは、一定程度厚みがあるものになっていると思います。
西田さんが指摘するエモい記事も、なんとなく朝日新聞で減ってきているような気もしますし。
でも信頼が回復してるかと言われると…。
将来にわたってなんらかの形で「情報」を国民に伝達するメディアは残るのか間違いないでしょう。
大規模災害のことを考えれば、地域をカバーするネットワークの維持が重要というのも間違いない。
でも今のマスメディアをその理由で支援することに国民の指示が得られるかっていうと…う〜ん。
全国紙が「読売」と「日経」だけになっちゃうのもどうかとは思うんですけどね。

 

そもそもエモい記事の背景にあるのは、「個人的なことは政治的なこと」みたいな考え方もあって、まあそれ自体はある意味、権力側が強固な場合は異議申し立ての手段として意味もある流れだったと思います。
でも個人と個人が対立した時のその調整っていうのをどう考えるかっていうところが後回しになっている。
経済的にも社会が縮んでる中では、再分配をどうするか、優先順位をどうするかっていうのが大きくなっているために、私は私はと主張するだけでは、そこに答えは出てこないというところがあると思います。
今のリベラルへの批判にはそういう処もあるんじゃないかなと。
難しいですけどね。

 

ビジネス的なことで言うならば、エモい記事というのが読まれるということから、それをフックにして自分たちの方向に引き寄せようという意図は分かります。
分かりますが、西田さんが指摘をするように、そもそもペーパービュー稼ぎというのがビジネスとして成り立つのかというと、決してそういうことではないっていうところなんかも認識をしなければならないっていうのも確かでしょう。

 

しかしこの内容でなんで朝日新聞は西田さんと喧嘩しちゃったんだろうなぁ。
そんなになんか徹底的に対立する論点じゃはないような気がするんだけど。
まあ今になってはもう完全に西田さんは朝日新聞関係の仕事はなくなって縁も切れちゃったみたいな感じになってるんですけれども、なんかそこまで徹底的なところまでに行くような争点があるように思えないですよね。
一番不思議なのはそこですね。
一体何がそんなに引っかかっちゃったの?


なんていうのかなぁ。
そのエモい記事でなんとか、読者を引っ張ってこようとしている、そのあけすけさっていうのが明らかさまになるのが嫌だったのかな。
でも、それはそれで戦略だから。
それはそういうもんだって言って戦っても良かったような気がするんだけどな。
なんか一番不思議なのはそこです。
プライドなんですかね。
でもだとしたらかなり馬鹿馬鹿しいし、マスメディアが信頼を失ってしまうっていうのもやむを得ないことかなと思いますけどね。
まあこれって別に朝日新聞だけでもじゃなくて、他のメディアも同じなんだけどね。


#読書感想文
#エモさと報道
#西田亮介
#ゲンロン