・NEXUS 情報の人類史<上・下>
著者:ユヴァル・ノア・ハラリ 訳:柴田裕之
出版:河出書房新社(Kindle版)

「サピエンス全史」のハラリの最新作。
ハラリは人類が進化し、地球の覇者となった要因として、言語や文字による「共同幻想/虚構/物語」がキーになると論じていますが、その言語や文字を「情報/データ」と定義し直して、その観点から人類史を俯瞰し直してみた上で、情報テクノロジーの発達によってアルゴリズムやAIが情報をコントロールするようになってきた。現状を踏まえて、その可能性と未来予想してみたのが本書です。
そういう意味で言うと、ハラリの著作のテーマはある程度一貫しているといや一貫してるんですけれど、前作を読んだのは結構前になるので、確認のために改めてChatGPTでまとめてもらいました。
作品の趣旨から言うと、それもまぁどうなんだろうって感じもしなくもないですけどw。
(GPT o3mini)
以下、各書のテーマとその関連性について整理してみます。
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サピエンス全史
この書では、人類がどのようにして他の動物と一線を画し、大規模な協力体制を築いてきたのかが語られます。
• 認知革命と共有された虚構
サピエンスは、柔軟な言語能力や物語を共有することで、抽象的な概念(宗教、国家、貨幣など)を作り出し、大勢の人々が同じ「物語」を信じることにより協力し合えるようになりました。
• 文明の成立
農業革命や都市文明の発展など、人類が共通の信念体系を背景に社会を組織し、複雑な文化や制度を築いた過程が描かれています。
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ホモデウス
こちらは、未来における人類の可能性とリスクをテーマにしています。
• 人間の進化とテクノロジーの影響
サピエンスがこれまで築いてきた基盤を超え、生命の限界(死や苦しみ)を克服しようとする一方で、バイオテクノロジーやAIの発展により、倫理や社会構造に大きな変革がもたらされる可能性を検討しています。
• 未来の選択とリスク
未来が必ずしも明るいとは限らず、テクノロジーの発展が格差や社会的分断、さらには人間性そのものへの挑戦となり得るという警鐘が鳴らされています。
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NEXUS
最新作である『NEXUS 情報の人類史』は、人類の歴史を「情報」という視点から読み解く試みです。
• 情報ネットワークの歴史
石器時代から始まり、文書、印刷、デジタル革命、そして現代のAI革命に至るまで、情報の流れやネットワークがいかに人間社会の構造や協力を変革してきたかを探求します。
• 現代の課題と未来への提言
フェイクニュースやポピュリズム、そしてAIによる情報操作など、現代における情報環境の混迷が、民主主義や社会の持続可能性にどのような影響を与えるかを問いかけています。
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テーマ間の関連性
これらの著作は、時間軸を横断して人類の歩みを捉える三部作としての側面があります。
• 過去・現在・未来の連続性
『サピエンス全史』は、人類がどのようにして共有された虚構を通じて協力体制を築いたかを解明し、これが文明の成立に寄与したと説いています。
『ホモデウス』は、その歴史的背景を踏まえた上で、テクノロジーの進展により人間がどのような未来へ進むのか、またその選択に伴う倫理的・社会的リスクを問います。
『NEXUS』は、両書の中核となる「情報」―すなわち、虚構や知識、コミュニケーションの手段としての情報ネットワーク―に着目し、人類の過去から現在、そして未来へと続く情報の流れがどのように社会や政治、文化を形作ってきたのかを再解釈します。
• 「虚構」と「情報」の軸
サピエンス全史で説かれる「共有された虚構」は、人々が共通の物語や記号を通して大規模な協力を実現するための基盤でした。
ホモデウスでは、その虚構がテクノロジーによって拡張・変容され、人間性のあり方や未来の在り方が問われます。
そして、NEXUSはこの背景にある「情報ネットワーク」が、いかに虚構を伝播し、社会全体の構造や権力関係を再編しているかを示すことで、過去・未来の両側面を統合する視点を提供しています。
まとめると、これら三冊は互いに補完し合いながら、人類が共有する「物語」や「情報」が、どのようにして私たちの社会や未来を形成してきたのかを、多角的に考察する壮大な試みとなっています。
あってるかどうか、まとめとして適当かどうかってのはともかく…かな。
個人的には記憶を呼び覚ますためなんでw。
まあここからチャットでやり取りして、自分としては納得できるとこまで思い出せたし、なんなら深掘りもできた感あります。
この体験そのものがハラリが危惧を持って論じるAIがコントロールする情報テクノロジーに現状に符合したりもするんだけどね。
ハラリにとって「共同幻想」と言う概念が極めて重要なのは、確かで、本書において語られるのは、AI時代における共同幻想のあり方と言ってもいいかもしれません。
語られる論点は非常に幅広くて一言でまとめられるようなものじゃないし、いろいろな可能性が包含している作品であると言うのは、今までの著作とも同じですけど。
まぁ相変わらず読み物としてものすごく面白いです。
ハラリの著作については、事実認定においていろいろ指摘されることもあるようですけど、その著作そんなものが1つの共同幻想と考えれば、事実認定の当否と言うのはあまり重要じゃないのかもしれません。
彼が持つ問題意識が共有されることが最も重要なことと言うスタンスですかね。
それが学問としてどうなのかはよくわかんないですけど。
<目次>
プロローグ
第I部 人間のネットワーク
【第1章 情報とは何か?】
【第2章 物語――無限のつながり】
【第3章 文書――紙というトラの一嚙み】
【第4章 誤り――不可謬という幻想】
【第5章 決定――民主主義と全体主義の概史】
第II部 非有機的ネットワーク
【第6章 新しいメンバー――コンピューターは印刷機とどう違うのか】
【第7章 執拗さ――常時オンのネットワーク】
【第8章 可謬――コンピューターネットワークは間違うことが多い】
第III部 コンピューター政治
【第9章 民主社会――私たちは依然として話し合いを行なえるのか?】
【第10章 全体主義――あらゆる権力はアルゴリズムへ?】
エピローグ
そして、その中で、極めて重要な概念となるのが「自己修正メカニズム」。
歴史上においても、このメカニズムを持つことが極めて重要な意味を持っていて、民主主義が全体主義に有利に立てたのも、この機能があればこそと考えられます。
情報テクノロジーの発達やAIなどによる情報コントロールの許可と言うのは、全体主義に有利であると言う見方もありますが、この「自己修正メカニズム」がない点において、結果的に全体主義はAIをコントロールできないだろうというのがハラリの見立てにもなっています。
じゃぁ民主主義万歳かと言うと、そんな事はなくて、民主主義は民主主義でAIに対する脆弱性というのがあると言うことも指摘されていますけどね。
ここら辺は、むしろ今のアメリカや日本のSNSをめぐる現状なんかが如実に表しているような気がします。
この「自己修正メカニズム」は、AIに対応する上においても、重要な意味を持っているというのがハラリの指摘になります。
(東浩紀さんの「訂正可能性」にも繋がるかな。
ある意味ここら辺が人文系の課題の行き着くところなのかも)
ハラリはAIを「アーティフィシャル・インテリジェンスartificial intelligence」ではなく「エイリアン・インテリジェンスAlien intelligence」と定義して、人類が持つ論理とは違う論理で動く可能性があることを指摘し、そのリスクを危惧しています。
これだけ情報テクノロジーが発達していて、AIが進化している中で、AIが人間紹介に組み込まれる事はもう避けようがない。
その前提の中でどういう風にAIをコントロールしていくのかというのがハラリの問題意識になります。
なかなか難しい話で、これと言う対策が明示されているわけでもないんですけど…
歴史を俯瞰し直す中で指摘される魔女狩りの話やミャンマーにおける反ロンギヒャ運動の展開など、取り上げられるエピソードの興味深さも、なかなかのものです。
「シリコンのカーテン」の話なんか、ここ数ヶ月の中国系AIの進展をめぐる論議でかなり現実味を帯びてるし。
いや、ほんと退屈しないんですよね。
僕自身は多分ハラリよりは、もう少しAIに関しては楽観的な見方をしてると思うし、「自己修正メカニズム」を補完する機能としてAIが活用できるのではないかと言う期待も持っています。(ここら辺は安野貴博さんの視点ともつながるかな)
そりゃ甘いよと言う見方もあるでしょうけど、どういう「共同幻想」を持つかによって未来が変わってくるっていうのもあるんじゃないですかね
AIの進化が不可避であるなら、それをどういう風に組み込んでいくかを前向きに考えたほうがいいんじゃないかっていうのが僕のスタンスです
うーん…やっぱ甘いかな。
読書感想文
NEXUS
情報の人類史
ユヴァル_ノア_ハラリ