鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

読書録「人間の叡智」

・人間の叡智
著者:佐藤優
出版:文春新書(Kindle版)



佐藤優氏が現在の国際情勢を分析し、それを踏まえた日本の方向性、その流れの中での個人のあり方について語った作品。
「語り下し」というスタイルを取ることで、「今」をフォローするスピード感を確保するとともに、独特の語り口を持つ佐藤氏の著述が、随分と分かりやすくなっている。(ま、そうは言っても、相変わらずの部分もあるけどw)
解散前に書かれた内容だけど、十分に「今」を解説する良書になってると思うよ。



作者の認識によれば、現代は「新・帝国主義」の時代。
意識的にそれをフォローするヨーロッパ/ロシアに対し、覇権国家としての振る舞いから移行しきれていないアメリカ、新・帝国主義のルールが理解できない中国、別の論理(ハルマゲドン)を内在するイラン・・・等々、ナカナカ含蓄が深い。
その流れの中で、野田民主党政権の評価が高いのが意外かな。
確かに政権交代当初の理念を逸脱し、3.11を経験した後に成立した野田政権の「鵺」的な性格は、ある意味、新・帝国主義に親和性が高いのかもしれないね。
そのことをアナウンスする能力が著しく欠けてるところが(多分にメディア・サイドの問題もあるけど)決定的な課題だった訳だけどさ。
(そういう意味ではもし選挙後に自公民政権が成立するとしたら、それは現在の野田政権の性質を引き継ぐ政権になるのかもしれない。現在の安倍総裁の言動を見てると、「?」ってとこも少なくないんだけど)



「新・帝国主義」においては合理性や理論を越えたような「実体」に沿って柔軟に事態が動いて行くのであり、それに対応するために必要となるのが「叡智」である・・・というのが本書の核かな?
具体的にそれを担う存在としての「エリート主義」が唱えられているけど、ここら辺は論理的帰結として当然だと思う(個々で言われる「エリート」が、現在の高級官僚や政治家、成功した実業家達なんかを指してるんじゃないのは勿論)。
その延長線上にファシズムに関する考察が出てくるのも、「さもありなん」。
個人として「古典を読め」ってのは、何度も佐藤氏からは聞かされた話ですなw。



癖はあるし、(経歴的に)ロシアに言及した話が多いのは仕方ないと思うけど、全体的に非常に興味深く、刺激も受けた作品だった。
やや図式的なところはあるかもしれないけど、国際情勢を「主義」(資本主義、共産主義、帝国主義、ファシズム)に照らし合わせながら紐解くあたり、やはり感心させられる。
その流れの中から分析される野田政権や橋下維新の立ち位置ってのは実に興味深い。こういう視点で政局を切り込めないあたりに、今のマスメディアの限界を感じるんだよなぁ。
次の行動を喚起するのは「事実」ではなく、「解釈された『事実』」あるいは「物語」なのだということに、もっと意識的であるべきだと思うんだよ。
(従って、佐藤氏の提示するビジョンもまた、「解釈された」ものなんだけどねw)



勿論、作者が言うような「エリート」をどのように構成して行くか?
これは大きな困難を伴う途だと思う。
多分に嫉妬的な国民気質と、それを反映したマスメディアの「出る釘叩き」は間違いなく障害になる。
その一方で「危機感の醸成」から、そういう従来の方向性に対する批判的な論調も顕著になってきており(作者の存在もその一角を担っている)、そこには「変革」の可能性が仄見えているのかもしれないね。



何にせよ、作者が描いてくれる「大きな絵図」は、現代を解釈する上において非常に参考になると思うよ。
早々にKindle版を出してるあたりにも、個人的には好感が持てますw。