鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

読書録「気の持ちようの幸福論」

・気の持ちようの幸福論
著者:小島慶子
出版:集英社新書



先に読んだ妻の感想は、
「『幸福論』ってのはどうかなぁ。言ってることには同感できることは多いけど」



確かに「論」と言うよりは、作者自身の経験に照らし合わせた「考え方」「感じ方」って言った方がシックリ来るかな。
経験談を語るって言うよりは、そこから抽出された「概念」(的なもの)について主に語っているので、確かに「論」って言いたくもなるけどね。
でも「普遍性」という点から考えると、「?」。
それが作者自身のスタンスでもあるから、もちろん承知の上ではあるんでしょうが。



<「昔はあんなに水が豊かだったのに」と嘆くよりも、「ここから新たな流れをつくっていけるのではないか。一人ひとりが小さな流れを持ち寄って、一本の川にすることを考えればいいじゃないか」という発想が必要だと思います。
あなたが、年老いていく日本を憂い、劣化していく社会を憂うのであれば、文句を言ってる時間はないでしょう、ということです。その時間がもったいない。
それより、「ここにいいものがある、ここに信じるべきものがある、ここにやるべきことがある」と言うことのほうが大事なんです。>(p.140ー141)



何か直前に読んだ「希望論」にも重なるようなw。
小島慶子氏は「72年生まれ」。
東浩之氏と同年代ということを考えると、そう言う「流れ」があるのかもしれないなぁ。
これはいい傾向だと思うけどね。



ただし小島氏が主張するのは「社会を変える」って言う大きなActionから入ろうと言うよりは、「足元、現状を見直し、(自分自身も含め)評価して行こう」というスタンスがより強く出ているけどね。
一方でツイッター等のソーシャルメディアのあり方も評価していて、そこらへんは共通項として浮かび上がるところでもあるかもしれない。



まあ過去に「キラキラ」の中で言ってきたこととも重なるし、いくつかの媒体で語ったり書いたりされてた内容でもあるので、新味はあまりないかと。
ただ「キラキラ」降板があるだけに、メディアに対する視線はちょっとキツ目に出てる感じはある。
これは自分自身が語っている降板の経緯なんかを勘案すると、まあ当然でしょう。
ここからどういう方向に歩むのか。
これはちょっと気になりますね。(とりあえずメルマガは登録しましたw)



僕自身の立ち位置から見ると、
「確かに言ってることはわかる。『他人に対する寛容性の高い社会』を目指したいと言う意見にも賛成。
ただその実現のためには、やはり社会的なActionにつなげていく必要もあるんじゃないか?」
って印象はある。
でもそう言うスタンスは、一歩間違えると、妙な政治的な運動に絡んじゃったりもするからねぇ。
あえてそこには・・・って言う気持ちが小島氏にはあるのかなぁ。
まあ、分かんないけど。



しかしこれだけしっかりした考えを持ってるヒトを部下に持つと、上司は大変だったかもね。
・・・って言うのは偏見です。
すんません。