鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

読書録「原発危機 官邸からの証言」

・原発危機 官邸からの証言
著者:福山哲郎
出版:ちくま新書



3.11の時、内閣官房副長官だった作者が、3.11以降の原発危機への政府対応について、内閣の内部からの視点で語った作品。政府事故調、国会事故調、民間事故調等が出揃ったのを待ってから、官邸サイドからの記録を提示するというのはスタンスとしては非常に評価できる。



元々、作者に関しては堅実な姿勢に好感を持ってたんだけど、それを裏切らない内容になっていると思うよ。
勿論、こういう場合、「自己弁護」の色彩が強くなるのはやむを得ないだろう。正直言って、避難計画やそれに付随した情報発表の部分については、そういう臭いがないではない。ただ作者自身はそのことに意識的であるし、出来る限り、その点に関しても真摯であろうとしている。
当時、東京に在住して、原発事故の推移を不安を持って見守っていた者としては、あの頃のことをリアルに思い出さされるとともに、「なるほどな」って符合する部分も少なくなかった。
一定のバイアスは前提として(そもそも「官邸からの」証言なんだしね)、臨場感のある証言として実に貴重な作品だと思うよ。



色々興味深いんだけど、一番の焦点は「菅直人」の評価の部分かな?
当時から菅前首相の対応については、「介入のし過ぎ」「怒鳴りつけるばかりで事態を悪化させている」「場当たり的」といった批判が多かった。
でも僕自身はちょっとこの批判に関しては懐疑的だったんだよね。
確かに菅前首相を始め、政府は何やらバタバタしている感じはあった。
だけどこれだけの被害をもたらした災害であり、ましてや原発のメルトダウンとの複合災害。整然と対応できる方がどうかしている。
それは民間会社である東電であれば尚更であり、当事者であった東電内部の混乱は想像を絶するものがあったろう。
その混乱を制御し、一定の方向性に向かわせるためには、強力な指導力が必要であり、そのためには通常のラインを逸脱した対応が不可欠となる。
あの時の菅直人の行動というのはそういう意味があったのではないか?



僕自身は「菅直人」と言う政治家はあまり評価していない。
しかしこの原発対応のとき、「行動」したことは評価していいのではないかと言う印象を持っていた。
本書の内容はそれを裏付ける内容だった。(東電に出向いての菅前首相のメッセージは、本書の一つの「クライマックス」だろう。これはナカナカのもんだと僕は思うけどね)
後知恵なら「ああすべきだった」「こうすべきだった」というのは何とでも言える。
だが、あのとき、あの瞬間に何をすべきだったか?
その視点に立てば、安易な批判はすべきではないと僕は感じている。
(そういう意味では僕は東電の対応についても同情すべき点は多々あると思っている。
あの混乱の中で、何はともあれ電力を復旧させ、計画停電を早期に回避し、原発を何とか制御した。
組織としての問題は問題として、懸命な努力がなされたことは事実だろう)
「全面撤退」を巡る評価についても、「あのとき」を前提とするなら、そこにコミュニケーションの齟齬が発生していた可能性は十分にあると思うしね。



まあこの「3.11」を巡るアレコレは、正に「歴史が評価を下す」出来事だろう。
その中で誰が何を言い、何をなし、なさなかったのか。
l全てが「歴史」の中で語られることになる。
本書もまたそのための「証言」の一つと言えるのではないだろうか?