鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

読書録「スティーブ・ジョブズ」

・スティーブ・ジョブズ<Ⅰ・Ⅱ>
著者:ウォルター・アイザックソン 訳:井口耕二
出版:講談社



<「君の本には僕が気に入らないことがたくさん書かれるはずだ」
これは意見というよりむしろ質問であり、その証拠に、ジョブズは私の目を見つめながら答えを待っていた。私はうなずき、にっこり笑いながら、それは間違いないよと答えた。
「それは良かった。それなら社内で作った社長礼賛本みたいになる必要ないな。かっかするのは嫌だから、当分。読むのはやめておくよ。読むのは1年後くらいかなーそのころまだ生きていたらね」>(P.411)



ジョブズの公認伝記だからね。
もっとも懸念されたのは「社長礼賛本」になっちゃうことだったんだけど、ジョブズ自身が確認してるように、凡百の「礼賛本」にはなってない。
まあ確かにジョブズの協力を得て作られてるだけに、視点としてはジョブズよりになってる部分もあるけど(そういうスタンスの人物じゃなきゃ、そもそも執筆を引き受けないわな)、かなり中立的な書きっぷりだと思うよ。
実際、ジョブズが相当「人間的」に問題がある人物ってのは、しつこいくらい記されている。
読んでて、正直「こういう人とはお近づきになりたくないなぁ」と思わされたからねw。(もうちょっと「家族」には優しい人物だったのかと思ってたけど(少なくとも晩年は)、そうでもなかったらしいこともシッカリ書かれている。よくも悪くも「仕事人間」だったんだな、彼は)
同時にジョブズが生み出したものたちが如何に「世界」にインパクトを与えたかも描かれている。



アップルⅡ
マッキントッシュ
ピクサー映画
iMac
アップルストア
iPod
iTunes
iPhone
iPad
iCloud
そして「アップル」という会社



どんなに人格的に問題があってもw、これらの「作品」が世に出てくる上においてジョブズが果たした役割を否定することは出来ない。
まったく新しいものを発見したわけではないのかもしれない。
個々の「商品」のデザインや技術を考えたのはジョブズ以外の人間だったのかもしれない。
だが諸々の要素を統合し、磨き上げ、それまでに存在しなかった「消費者体験」を生み出すとこと。
これは確かにジョブズが成し遂げたことだ。
ジョブズがいなければこうした作品群が一体として世界に問われることはなかっただろう。
そのことを再確認する読書体験であった。



いやぁ、ホントに面白い本だったよ。
上下で900ページ弱になるんだけど、
「え、コレで終わっちゃうの?」
と思ったくらい。
ウォズとの関係、スカリーによる追放劇、アイズナーとの確執、アメリオの失墜・・・
これらの「事件」は、それぞれが一冊の作品になるくらいの「人間ドラマ」に満ちている。
それが一つの作品に押込められてるんだからね。
「もっと書き込んで欲しい」
って欲求も出てくるわな。
もっともそんなことしてたら、何百ページになっちゃうか分かんないけどさw。



個人的にはカウンターカルチャーや音楽がジョブズにどういう影響を与えたのかを、もっと突っ込んで欲しかったかな。
禅の影響とかに着いてもね。
あれほど禅に傾倒していながら、この「人格破綻」ぶりw。
もっとも興味深いのはここなんだけど、(事実は描かれているものの)内実にまでは十分に踏み込めてないんじゃないかって印象もある。
まあ、それは別の作品の役割・・・ってことかもしんないけど。



マイクロソフト、Googleに代表されるオープンな分断ビジネススタイルと、アップルの垂直統合スタイルの対立については、「消費者体験」に焦点を置いた洗練されたネットワークを構築したアップルの方が、現時点では一歩先んじた形となっている。
一方でアプリの検閲においてアップルの「管理」志向の影響が拡大する形にもなっており、そこに懸念を表明する向きもあるというのが今の段階だろう。
iCloudでクラウド時代の一つの方向性を指し示しながら、この段階でジョブズが世を去るというのは、(全くの偶然なんだけど)感慨深いものがある。
「アプリ」ってのは垂直統合モデルのアップルがオープンアーキテクチャーと共存しうる仕組みだと僕は思っているんだよ。
課題は「検閲」体制であり、その運営という観点ではジョブズには懸念があったのは事実だと思うからね。



まあ読んでて色んなことを考えさせられる作品だったなぁ。
事前に「これは面白そう」とも思ってたけど(だから予約が開始されてすぐに購入した)、その予想を超えるインパクトがあったというのが、僕の感想。
「世界にインパクトを与える」
間違いなく、ジョブズはその目標を達成することが出来た。
最後に残した自分自身の「伝記」においてさえ。



<「すごく幸運なキャリアだったし、すごく幸運な人生だったよ。やれることはやり尽くしたんだ」>(P.414)



そんな風に言って締めくくれる人生は、そうあるもんじゃない。
でも確かにそういう「人生」だったんだ。
・・・そう思える作品。