鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

読書録「エネルギー論争の盲点」

・エネルギー論争の盲点 天然ガスと分散化が日本を救う
著者:石井彰
出版:NHK出版新書


福島原発の収束にはマダマダ時間が掛かりそうだ。
最終処理には十年単位での時間を要することを既に政府も公表しているが、当面の目処である「冷温化」についても、工程表どおり進んでいると言われながら、多くの人が疑念を持っているという状況が続いている。
産業にとって安定的な電力の供給は不可欠であり、節電のしわ寄せは弱者に寄ってしまうという傾向がある。
それらを踏まえて、原発再稼動を目指す動きが断続的に続いているが、一方で汚染牛の問題が突然噴出する等によって、原発に対するネガティブな見方は強まっていると見るのが大方の向きだろう。
経済合理性や科学技術的見地から原発推進を主張する人々もいるが、現在、原発もんだいは倫理的・感情的課題となってしまっている感が強い。
菅首相の「脱原発」宣言もそうした状況を踏まえて、と思われる。(その動機自体は議論の対象となっているが)



しかし、

「脱原発」とは具体的に何を指すのか?

「再生エネルギー」は本当に原発の代替エネルギー足りえるのか?

短期・中期において電力供給はどのように行われるべきなのか?



脱原発・反原発を主張する勢力は、こうした点について明確な回答を示せていないように思う。(菅さんもね)
本書にはその一つの「答え」が論じられている。
そういう意味で、今こそ菅首相が読むべき一冊かとw。



本書の構成は大きく二部構成。

前半では「エネルギー」と「人類文明」「人口」の関係が論じられており、現在の世界人口を支え、文明を維持する上において、「大量で、質が高く、安定的に供給される」エネルギーの必要性が強く主張されている。

ここはちょっと「上から目線」が鼻につくところもあるんだけどw、こういう「文明論」っていうのはあまり聞いたことがないのも事実。
それでいて、論拠を追っていくと、納得感もかなりあるんだよね。
作者はこうした「考え方」がエネルギーを論じる上においては重要なのだと主張しているが、確かにそうかなと思うよ。



後半は正に今後の日本におけるエネルギー対策について。

前提として、「当面日本において原子力の比率を上げることはできない」とし、代替エネルギーの可能性について具体的に論じている。



「再生エネルギーは、先進国は倫理的にウェイトを高めていくべきだが、原発の代替エネルギーにはなりえない」

「代替エネルギーとしては化石燃料に頼らざるを得ない。化石燃料には、環境負荷とコストの問題がついてまわる」

「環境負荷・コスト共に低い資源として『天然ガス』がある。日本はこの利用比率が低いだけに、代替としての余力があるとも言える」

「火力発電については効率を引き上げる技術的余地がまだあり、『天然ガス』以外の化石燃料の利用も選択肢に入れることは可能」

「いずれにしてもエネルギーを分散化することが重要であり、原子力も含めて『天然ガス』を中心としてエネルギー分散化を推進していくべき」



・・・こんな感じかな?

正直、個人的には再生エネルギーの技術革新に期待したい気持ちもあるんだけど、それを前提に物事を考えるのはあまりにも非論理的だろう(その失敗例として、作者は合成石油に対するヒトラーの目論み違いを挙げている)。
技術革新の余地と言う点だけど論じれば、原子力の方にはるかにあるとも言われてるしね。(ビル・ゲイツとか)

「天然ガス」に関わって来た作者だけに、「天然ガス」への傾斜振りには一定の留保をつけておくのが公平な見方だろうが、それを差し引いたとしても、本書の主張には耳を傾けるべき点が多くあると思う。
原発推進派/脱原発・反原発派ともに、一読すべき作品ではないか、と。



まあでも、まだこういう論理的な議論をするタイミングじゃないかなぁ。