鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

読書録「なぜ日本は『大東亜戦争』を戦ったのか」

・なぜ日本は「大東亜戦争」を戦ったのか アジア主義者の夢と挫折
著者:田原総一朗
出版:PHP出版



<敗戦というのは決定的な結果であり、弁明のしようのない致命的な失敗なのである。どうも私たち日本人には、連合軍がきめつけた”侵略戦争”というよりは敗れる戦争ををしたことこそが致命的失敗という認識が希薄なようだ。>(P.33)



考えてみれば僕の卒論は「東京裁判」だったんだよね。
結構、「やっつけ」だったんでw、あんまり覚えてないんだけど、
「東京裁判そのものは『勝者の裁き』であり、正統性に問題はある。しかしながらだからといって日本の行為が免責になる訳でなく、倫理的責任はある」
みたいな論調だったかな。
うーん、論文じゃないね、こりゃ。
まあ世代的に「心情サヨク」ですからw。



その後、僕自身の考え方も大分変わってきてるんだけど、今の僕のスタンスは冒頭の田原氏の考え方に近いと思う。
「東京裁判そのものの正統性には問題がある。しかし日本人自身が自ら『敗戦』という事実を認識し、『なぜ負けたのか』『回避する方法はなかったのか』等を問い、その中で責任を明らかにする必要性はあるのではないか」
ま、こんな感じ。
大学のときに比べると、「倫理的」ってところが後退してる。
90年代以降の保守の論調は「当時の世界情勢から考えると日本のみが『悪』と規定されるのはおかしい」ってのがあると思うけど、「だからこそ、その中で『負けた』ことは強く検証されなければならない」ってのが僕のスタンス。



最近、田原氏はここらへんを追いかける書籍を相次いで発表している。
自分自身の考えを組み上げるというよりは、(氏の番組のように)自分の考えのアウトラインがあって、それに沿う形で学者や評論家の意見を聞いて、補強し、主張を作り上げるって感じの作品。
そういう意味では批判も十分にあり得ると思うけど、冒頭の認識を共有している僕にとっては、結構参考になる作品だった。



田原氏自身は日本の敗戦への転換点を「満州事変」ととらえているようだ。
そして本書では、一般には戦前の日本を誤らせた存在と思われる「右翼」の大物達を取り上げ、彼らの掲げた「アジア主義」においては日本の孤立化は避けるべきものとされており、彼らは一様に「大東亜戦争」には反対であった様子が描かれている。
これは個人的には驚きだった。
僕もすっかり彼らが日本を戦争に追い込んだ一勢力だと思ってたので。
本書を読むと、むしろ彼らの主張が受け入れられなくなったことが日本を孤立化へ歩ませたようにも思える。



彼ら自身にも問題は多いけどね。
正統な権力構造の中に入らず、外から示唆を与えることで影響力を大きくする彼らのスタンスは、結局肝心なところで事態をコントロールできず、むしろ権力にいいように使われてしまう結果となっているように見える。
さらにその「権力」というものに確固たる実態が見いだせず、従って責任の所在も曖昧なっていることが事態をさらに複雑化させ・・・って言うと、丸山真男っぽ過ぎる?w
ただ本来の主張と違う「印象」でなぜ戦前のアジア主義者が封じ込められてしまってるのか、ってことを考えると、ちょっと陰謀論めいたものを感じたりもするな。
日本の官僚は戦前・戦後に継続性があるからね。



まあ読み応えのある作品であることは間違いないよ。
賛否はあるだろうけどね。
でも戦前から戦後の流れを考える上においては重要な視点じゃないかと、個人的には思います。