鈴麻呂日記

50代サラリーマンのつぶやき

読書録「なぎさホテル」

・なぎさホテル
著者:伊集院静
出版:電子書籍


伊集院静が自ら乗り出した電子書籍出版の第一弾。
夏目雅子と結婚するまでの7,8年を暮らした「逗子なぎさホテル」の思い出を綴ったエッセイに、今はなき「なぎさホテル」の写真、井上陽水の「主題歌」、伊集院静のインタビュー動画をパッケージしたスタイルになっている。


そういう意味では「電子書籍の特徴を活かした」ともいえるのかもしれないが、正直言うと、ソレゾレがセパレートされていて、今ひとつ「パッケージ」としての効果を発揮し切れてないって感じはある。

ただしそれぞれの「作品」は、それぞれ興味深いものになっていて、作品として満足度は低くないとも思うけどね。
こういうメディアミックスの「電子書籍」ってのはマダマダ試行錯誤の段階なんでしょう。(文章を読んでるところに、「波の音」でも入れてもらうと面白かったんだけどな)


とは言え、本作の中核をなすのが「なぎさホテル」というエッセイであるのは間違いない。
僕は結構伊集院静の文章って好きなんだけど、振返ってみると、彼の作品を読むのは久しぶり。
直近は西原理恵子との共作かなw。

でも改めて読むと、やっぱ雰囲気のある文章を書くねぇ。
かつて文芸賞の審査員には、


<新人がなぜこんな明治、大正時代の副読本のような小説を書くのだとこきおろした>(第七章)


ひともいるらしいんだけど、個人的には端正なイイ文章だと思うし、何ともいえない「味」がある。。
そういう人がかなり荒んだ生活をしてたってのも、妙な感じがするけど。(その辺りが「伊集院静」という人物の魅力になってるのかもしれないな)


本書で描かれているのは、荒んだ生活を送っている若者が、不思議な「縁」のもとにひとところに留まり、年長者の暖かい視線の下に新しいステージに進んでいく様だ。

そこには「運」があり、「なぜこんな幸運が」とも思うんだけど、一方で結構な厳しい状況も作者は経験しており、それも考え合わせると、「所詮、人生プラマイゼロ」ってところかなぁ。
少なくとも今の僕は「伊集院静のようになりたい」とは思わんからね。(10代後半から20代前半の頃の僕に訊いたらワカンナイけどw)


作者を迎え入れる年長者たちは何の見返りも求めていない。
それはそれで一面正しいんだろうけど、一方で収められたインタビュー動画を見ると別の側面も見えてくる。

エッセイでは深く語られていないが、作者が「なぎさホテル」に逗留していた時代は、作者と夏目雅子が交際をしていた期間とも重なる。

インタビューによれば、ホテルの人々は二人の関係を秘すことに多大な協力をしてくれたらしい。


それに対して彼らが見返りを求めたとは思えない。

しかし「秘密」を共有する行為。

そこから生まれる何らかの「感情」が彼らにとっても大切なものであった・・・という見方はできるんじゃないかね?
少なくとも、彼らにとって作者は「何者でもなかった」ってことはないと思うんだけど・・・。
(エッセイが書かれたのは01年。最近になって、作者は夏目雅子のことを語る機会を持っており、インタビューはそれを踏まえた内容になっている。
それを考えると、今書き直すと、本書はもう少し違う色合いの話になったのかもしれない)


パッケージされたインタビューでそこら辺の補完がされること。
本書の面白さはそんなトコかもしれない。


まあエッセイだけを読むより、写真を見て、テーマ曲を聴いて、動画を見るほうが、多角的な面白さが浮かび上がってくるのは確か。
そういう観点からは面白い取組みだと思いますよ。